番外編
北塔、ある日の午後
「背中の傷、だいぶよくなってきたね」
医師がユメリアの背中のガーゼを取りかえながら言った。
「先生……あの……この傷、やっぱり残りますか」
言いづらいけど、と医師が前置きをする。
「この傷と、他の深いのは……ちょっとは残っちゃうかな」
少しためらいながら、ユメリアが言う。
「先生は、もし、女の人のからだに傷があったらどう思いますか……」
裸になったときに、と付け加えた。
「うーん、覚悟次第かなあ」
医師はいつもののんびりした口調で答える。
「その傷を負った理由があるだろうからね。それ込みで受け入れる覚悟」
手当てが終わると、「僕はあっち向いているね」と、医師はユメリアに背中を向けた。
上衣を身につけて、今度は指を診てもらう。
「指、さわるよ」
この前、医師に思い切って、「人にさわられるのが怖くて」と話してみた。気を悪くされるのでは、というユメリアの恐れに反して、医師は「そっか、そっか、そうだよね」と納得した。話し合ったり、試してみたりして、予告すれば、あるいはユメリア自身がふれられると予測できれば、ある程度は平気かも、ということになったのだった。
「爪は化膿してないね」
包帯を外して、綿に含ませた消毒液をポン、ポンと当てる。薬液がしみる感触にも、ユメリアはだいぶ慣れた。
「さっきの話だけど」
包帯を巻き直しながら、医師が言った。
「彼のことだとしたら、覚悟はしていると思うよ」
医師は骨折した指の状態をたしかめながらつづける。
「傷は残る。で、それはどれぐらいなんだろうって気にしているんじゃないかな」
医師は添え木を残すか迷いつつ、「まだ固定しておこうね」と添え木ごと包帯を巻いた。右足の診察に移る。
「彼、まじめだよね」
「ええ、とても」
ほほ笑んだユメリアを見て、医師は言った。
「いいことだけどね。気をつけてあげてね。彼、無理するでしょう」
「もう走れるかも、なんて毎日言っています」
「ケガのことだけじゃなくてね。この先も、ずっと」
医師にうながされて、ユメリアは足首を回す。まだ引っかりは感じるけれど、いちおうはくるりと回せる。足首に薬草酒を浸した湿布が貼られる。ひんやりとした感触と、独特のハーブの香り。ユメリアはうつむいて右足を見つめた。
「最近は、歩いていても、あんまり痛みません」
よかった、とつぶやいて、医師は丸い眼鏡を押し上げた。
「まずは君もいろいろ、治していかないとだね。ゆっくり歩いていけばいいよ」
医師はそう言ってその日の診察を終えた。
「診察、どうでした?」
医師が帰ると、ナギが顔を出した。
「よくなっているって。右足もね、だいぶ痛くなくなってきたの」
「よかった」
ナギがうれしそうに笑う。
――この足がよくなるかもしれないなんて、お屋敷にいたころは、考えなかったな。
あのまま壊され続けるのだろう、と思っていた。
ユメリアはそっと手を伸ばし、ナギの手を包む。ナギが少し驚いた顔をして、その手をやわらかく握り返す。
――この人となら、歩いていけるかな……。
ナギの体温を感じながら、ユメリアは目を閉じた。
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