「お前たち、知らない町で、ふたりでやっていけるか」
「お前たちは、ここを目指す」
ランプの灯りのもと、深く皺が刻まれた指が、地図の一点をさした。そこには、赤い丸とともに、「リュートック」と地名が書き込まれていた。
ゲルバルドが地図をたずさえて北塔へやってきたのは、物置に身をひそめてから二日後の夜だった。何か問いたげなふたりの様子に取り合わず、いきなり食堂のテーブルに地図を広げ、ゲルバルドがたずねた。
「お前たち、ここを出て行きたいところはあるか」
ふたりとも首を振る。
「できるだけ遠くに身を隠そう、とは思っています」
「親族のあてはあるか」
ふたたび、揃って首を横に振る。老貴族は、シャツをまくった腕を組んだ。
「まあ、あてがあっても足がつきやすくなるだけだが……」
そして、老眼鏡を取り出し、地図に視線を落とした。
「あてがないのなら、リュートックまで出ろ」
「リュートック……」
ナギは、その名前だけは聞いたことがあった。最近、工業で栄えているという都市の名前だ。
「移民が多い街だ。お前のその容姿も目立ちづらい。機械織物だのなんだの工場が増えているから、仕事も探しやすいだろう」
ふたりに異存がないのを確認すると、ゲルバルドはリュートックを指さしたのだった。
「ここからリュートックへは、街道へ出て、駅馬車に乗る必要がある」
今いる場所は、リュートックからはるか北だという。ゲルバルドは人差し指で、街道をたどって見せる。
「街道にそのまま出るのは、追われていることを考えれば悪手だ。そこで、山を越えて、西の駅逓へ向かう。日が沈んだのち、馬を駆けさせれば、朝一番の駅馬車に乗れる。夜の移動になるが、満月の日ならなんとかできるはずだ」
そこからも、ゲルバルドの説明はつづいた。途中の駅逓で一泊して駅馬車を乗り継ぎ、2日かけてリュートックを目指すこと。
「でも、その西の駅逓まで、馬で……。どうやって」
ナギが戸惑いながら尋ねる。
「わたしとお前で一頭ずつ駆けさせる。その娘はお前かわたしの後ろに乗せる。その娘の体重ならいけるだろう。途中、危ない箇所ではわたしが松明をかかげる。狼に襲われてはかなわんからな」
「俺が乗った馬は、その後……?」
「こちらで何か手はずを考え、引き上げる」
そこまで説明すると、ゲルバルドは深く息を吐き、椅子に腰かけた。
「お前たち、知らない町で、ふたりでやっていけるか」
「やっていきます」
ナギは即答した。
「お前はどうだ」
ユメリアは、ややあって答えた。
「が、がんばります……」
「本当はもう少し休ませてやりたいが……」
ゲルバルドが老眼鏡を外し、眉間のあたりをもんだ。
「じゅうぶんお世話になりましたから。ただ、俺たち、金はまったくなくて」
「心配するな。用立てる」
「これ以上、ご迷惑をかけるわけには。わたしたち、何もお返しは……」
椅子にもたれかかったゲルバルドは、ひどく年老いて見えた。ややあって、口を開いた。
「逃げ切れ。そして、必ず幸せになれ」
ナギはひと呼吸おいて返事をした。
「必ず」
「とはいえ、準備がいる。もうしばらくはここにとどまってもらうことになる。よく体を動かして、体力をつけておけ」
ゲルバルドはそれだけ言い置くと、さっさと立ち上がり、食堂を出ていく。ナギとユメリアは何も言えず、その背中を見送った。
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