「まずは体を治すことだけを考えればいいよ」

以上が、少女が少年に語ったあらましだった。


ゲルバルドという名前には、少年はどこかで聞き覚えがある気がした。

ロマノフスカヤの領地と隣接する、荒れ地。

そこからはじまる辺境を治める貴族が、そんな名前だったろうか。

なんにせよ、少女の話からして、ここはロマノフスカヤの屋敷からそう遠い場所ではないだろう。

少女の話によると、少年が意識を失っていたのは5日。

事件があったことを、だれかから聞いているのではないか。

治療をしてくれたところをみると、悪い人間ではなさそうだが――。


――早くこのひとを連れて、逃げなければ。


ただ、少年がすぐに動けそうにないことも事実だった。

食事のため、寝台の上に身を起こすにも、マデリンと少女の助けが必要だった。

マデリンが運んでくれた、温かいポリッジやスープを口にする。

その様子を、少女が寝台の横で見守った。


「そんなに見られていると、食べづらいです……」


ごめんなさい、とあやまりつつ、少女が穏やかに笑った。


「庭師さんが食べてるの、うれしくて」


その表情を見て、少年は安堵を覚える。

少なくとも、彼女は安心してここで過ごしているのだ。


夕方近くになって、白衣の男といかめしい顔をした老人が現れた。

少女はふたりを部屋の入り口で出迎え、繰り返し礼を言っている。


ゲルバルドと名乗った老人は、少年を一瞥すると、「起きたのか」とひと言だけ言って出て行った。


「やあやあ、気分はどうだい?」


白衣の男は対照的に気楽な口調で語りかけ、少年の瞳孔を見たり、聴診器をあてたり、手際よく診察をした。


「今までお世話になったようで……。ありがとうございます」


「ほんとにひどいケガだったからね。なんとかなってよかったよ」


「彼女の方も治療してもらったとか」


少女はいま、部屋の入り口でマデリンと何か話している。


「ああー」


医師はそちらを見やり、どこか気まずそうに言った。


「うーん、君とは違う意味で、ひどい傷がいろいろあったから……。

すごく言いづらいけど、けっこう残っちゃうかもしれない」


少年は唇を噛み締めた。


「俺、あとどれくらいで動けるようになりますか?」


「少しずつ筋肉を動かした方がいいね。

ただし、ケガで体が弱っているから、無理は禁物。

一週間もすればだいぶ動けるようになるんじゃないかな」


――あと一週間。俺たちはここにとどまって、大丈夫なんだろうか。


少年の表情が翳ったのを見て、医師が明るく言った。


「あせることはない。まずは彼女とふたり、体を治すことだけを考えればいいよ」

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