猟師小屋の回想1

時はさかのぼり、猟師小屋で少年が意識を失ったあと。

熱を出した少年のため、少女は思いつくかぎりの手当てをした。

ブラウスを裂いて水で濡らし、少年の額に置く。

たよりない布きれは、あっという間に熱を帯びた。

ひしゃくで水をすくい、飲ませようとしても上手くいかないので、唇を水でしめらせた。

少年がふるえているのを見て、借りていた上着を戻し、毛布でしっかりくるむ。

しかし、少年の意識は戻らない。


――どうしよう、庭師さんが死んじゃう。わたしのせいで……。


少女は少年を抱きしめた。


――そうだ、外へ助けを……。


少女が立ち上がると、少年がその腕をつかんだ。


「だめです……。俺から離れちゃ……」


熱に浮かされた、黒い瞳がうるんでいる。


「どこにもいかないよ」


少年の髪をなでて、少女はその腕をそっとほどき、外へ出た。

しかし、山の夜闇は深かった。

小屋で見つけたランプは、足元しか照らしてくれない。

ガサガサと獣がたてる音に、身がすくんだ。

外に出たら、もう小屋には戻ってこられそうにない。

それに、助けを求めたとして、自分たちの身元が明らかになれば――。


――庭師さん、きっと連れ戻されて、ひどいことをされる。


少女は小屋へ戻り、少年に寄り添った。


「ずっと一緒にいるね」


朝方、少女をまどろみから引き戻したのは、犬の鳴き声だった。


――追っ手が……?


少女は庭師を抱き寄せる。


――このひとを、守らなくちゃ。


落ち葉を踏む音が、小屋のまわりをゆっくりと巡る。

犬は吠え続けている。


――そうだ、あのナイフ……。


昨日、少年が縄を切ってくれたことを思い出し、彼のポケットをさぐる。

見つけたナイフを握って、息を殺す。

扉が静かに開く。

内開きの扉の影から、銃身がのぞいていることに気づき、少女は身を固くした。

やがて、老齢の男が姿を現す。

同時に犬が走り込み、少女と庭師の前で、吠えたてた。

少女は震える手で、ナイフを前に突き出す。


――怖い……。


手の震えにくわえ、指が折れているせいで、ナイフを上手く握れない。

老齢の男は銃口を構えたまま犬を制する。

灰色の硬質な髪と髭、額に刻まれた皺が、いかめしい印象を与える。


「こないで……」


男はため息をついて、銃を下ろした。


「ここはわたしの小屋なのだがね」


少女がハッとした。


「ごめんなさい」


「乳繰り合っていた人間に追い出される筋合いはない」


少女はブラウスを破られていることを思い出し、赤面する。

片手にナイフを持ったまま、ブラウスをかき合わせようとした。

そのすきに近づいた男が、少女の手から静かにナイフを取り上げる。

ナイフを子細に点検してから、少女に戻す。

少女はとまどいながらも受け取った。


「慣れないものを振り回すんじゃない」


男は少女をじろりと見る。


「その男にやられたのか」


「……?」


「首のあざやら、指やら」


少女はかぶりを振る。


「これは、違います……。それと、わたしたち、ここでいやらしいことをしていたわけじゃなくて……」


「さっきはああ言ったが、その男の様子なら無理だろうな」


老齢の男の視線が、少年に注がれた。

そのとき、庭師がわずかに意識を取り戻した。


「お前……彼女に近づくな……」


「庭師さん、起きちゃだめ」


少女は動こうとする少年を止めた。

顔が、元の輪郭がわからないほどはれ上がっている。


「お願いです、この人、助けていただけませんか」


「なんの義理があって」


少女がうつむいた。


「ごめんなさい……」


少女は庭師を抱き起こそうとする。


「勝手に小屋を使ってしまったこと、どうかお許しください」


「庭師さん、出よう」と、少女が少年の腕を、肩にかけ、引っ張り起こそうとする。

しかし、あざと切り傷だらけの腕はだらりと垂れ下がるばかり。


「庭師さん……」


泣きそうになりながら何度もためしているうち、男が歩みより、少年の腕を自らの肩にかけて立たせた。

そのまま小屋を出ていこうとする。


「あの……待って」


呼び止めると、男が振り返って言った。


「あとでお前も連れていく。ここで待っていろ」


犬も、男とともに去っていく。


――あの人が、もし悪い人だったら。庭師さん、ひどいことされたらどうしよう。


少女は祈るしかなかった。

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