狩猟の季節

「遊びのつもりだったんだがなあ……」


アレクが愚痴をこぼしたとき、"ジョン・スミス"ことヘンリー・コルトレーンは心中、舌なめずりをした。

屋敷に置いている、父親の妾の子だかなんだかに手を出したら、本気になられて困っていると言う。

この片田舎にたったひとつある、貴族が集まる“クラブ”が開かれるコーヒー・ハウス。

客はまばらだが、アレクは声をひそめてつづける。


「『結婚してくださる?』って、そんな気があるわけないのに」


「アレクが手を出すってことは、かわいい子なんでしょ。そのまま娶るか、妾にしたっていいんじゃないの」


この、何代か前に北の凍土からやってきた一族の息子。

ようするに田舎貴族のボンボンがなんと答えるか、コルトレーンにはだいたい想像はついた。


「まあ、顔は悪くないさ。でも、妾の連れ子だぞ。そんな人聞きの悪いことができるわけがない。かといって、今さら娼館に売るのもなあ。どこからバレるか知れたもんじゃない。俺もそろそろ身を固めたいんだ」


要するに、誰にも知られずにお払い箱にしたいのだ。


「見た目がいいなら、愛人にほしがる男を探してみれば」


「娼館に売るのと変わらないだろう。どこからバレるか……」


コルトレーンは、ち、ち、ち、と人差し指を立ててふった。


「マニアックな趣味を持ってる男に売るのさ。そういう男は、口がかたいよ」


アレクは悪くない、という顔をした。

なかなかの人でなしだなと、コルトレーンは自分を棚に上げて思う。


「ツテがあるから紹介してもいい」


「本当か?」


「うけあうよ。ただ、一度、本人に会ってみたいな」



後日、ロマノフスカヤの屋敷で会った娘は、たしかに美しかった。

あまり見かけない灰色がかった銀色の髪、アーモンド型の大きな瞳。

小柄で愛らしい妖精のよう。



ただ――。


なんというか、生気、生々しさに欠ける、とコルトレーンは思った。

おどおどした態度と意志薄弱な雰囲気が、美に、性的な魅力に、翳りをさしている。

細身ながら、よく見れば出るところは出ている。

が、ひと目見てそそられる男は多くないだろう。

流行遅れの桃色のドレスも、くすんだ印象を与えている。


――ドレスくらい、買ってやればいいのに。


アレクからの雑な扱いが透けて見えるようだった。


「あの、こちらは……」


とまどったようすで、娘はアレクとコルトレーンを順ぐりに見た。


「アレクさんの友人のジョン・スミスです」


趣味仲間の間での偽名を名乗ると、あらかじめアレクには話してある。


「こちらでお世話になっている……」


娘が名乗ってお辞儀をした。

天気の話、流行の洋服の話。

他愛のない話をふった。

娘は答えながらも、ちらちらとアレクのほうをうかがう。


――玩具は持ち主が大好きってわけか。


その様子を見たとき、コルトレーンの嗜虐心に火がついた。

反抗的な娘を壊すのも楽しいものだが、コルトレーンは幸の薄い娘につけ込むのが好きだった。

哀れな娘のなけなしの希望を消し去り、支配し、絶望させ、なぶりものにする。

この娘には身寄りもなく、唯一彼女を保護できる人物は、彼女を捨てたがっている。

こんな好都合なことは、そうそうない。

何年か前、森で見つけた娘を獲物にしたら、貴族の子女で少々やっかいなことになった。

あの日からずいぶん欲望を抑えてきたのだ。

この機会を逃す手はない。


まず、を何人か紹介してやろう。

女を殺さない範囲の趣味で、囲う気がない男がいい。

もちろん、アレクには愛人をほしがっている男だと適当に言っておく。

慕っている男に命じられ、ほかの男に抱かれる。

しかも、したことのないような行為を要求される。

その心痛はいかばかりだろう。

引き取り手がいないとアレクがぼやいたところで、美味しくいただこう。

そのころには、娘もだいぶ弱っているはずだ。

ちょっと優しくして、ほだされたところで、徹底的にいたぶる。


アレクは、コルトレーンの趣味をすべて知っているわけではない。

“ちょっとばかり悪趣味な男”ぐらいに思われているが、さっきの物言いを聞くかぎり、娘を手ひどくあつかっても目をつぶり、口もつぐむだろう。


そうだ、首尾よくいったら、もうひとつ罠を用意しよう。

僕の趣味につきあってくれたら、アレクに金を出す、アレクだって君の献身を知れば振り返ってくれるかも、とか。

偽りの希望を抱かせて拷問に耐えさせ、最後に種明かしする。

コルトレーンの頭の中で、またたくまに計画が組み上がった。


――絶望する顔を、早く見たい。

――「もう殺して」と懇願する声を、早く聞きたい。


ロマノフスカヤの屋敷を去る直前。

「どうぞ」

街で買った薔薇を渡す。

ロクな扱いを受けていないのだ。

さぞや喜ぶだろうと思いきや、娘は受け取るのをためらった。


「おい」


アレクが声をかけると、娘はびくっと体をふるわせたのち、


「ごめんなさい、ぼんやりしてしまって」


と謝り、お礼を言いながら受け取った。


――ふうん。


予想外の反応に引っかかる。


――まあ、いいか。これからたっぷり楽しませてもらおう。


コルトレーンは邪悪な笑みを浮かべ、馬車に乗り込んだ。

木の陰から視線を注ぐ少年の存在に、気づかないままに。

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