対決
馬車のキャビンに転がりこむと、少年は間髪入れず、目の前の男に鎌で斬りかかった。
スミスがそれをすんでによけ、少女を腕のなかに引っ張り上げた。
「ほら、斬ってごらんよ」
盾にされた少女が、首をふった。
「だめ……庭師さん、逃げて」
後ろ手に拘束されたまま、ブラウスが半分やぶれて肌着と白い肌が見えている。
少年はスミスをにらみつけた。
「おまえ……どこまでクズなんだ……」
「ちょうどよかった。いま、君も売ってもらおうって話していたんだよ。
君の話をすると、この子、すごくいい顔をするから」
少年が動こうとすると、スミスが彼女の顔に手を当てた。
「おっと。この子の目、どうなってもいいのかな?」
少女のまぶたに、男が親指を当てる。
「僕はかまわないけどね。目のひとつやふたつつぶしたって、まだまだ楽しめる」
男の指が、彼女のまぶたをなでた。
「でも、君はどうかな……?」
「逃げて……」
少女がおびえた声で、懇願する。
「さあ、鎌をおろして言うことを聞け」
少年は眉をしかめる。
馬車の進路のほうへ遠い目を向け、苦渋した。
馬が駆ける足音、
少年の荒い息づかい、
少女の「だめ……」というつぶやきがキャビンに響く。
少年の手から、鎌がすべり落ちた。
「庭師さん、だめだよ……」
「ひざまずいて、手を後ろに」
少年がひざをつく。
「お願い、スミス様、やめて……」
少女を腕に抱いたまま、スミスがポケットから手錠を出した。
「後ろを向け」
少年はスミスに背を向ける。
手のひらに、じっとりと汗がにじむ。
「この子のために用意したから、少しちいさいかもしれないけどね」
少年の手に冷たいものがふれたそのとき。
馬車が大きく揺れた。
「やってくれ、旦那!」
御者が、キャビンのほうを向いて叫んだ。
――こういうことか。
少年はスミスのほうに向き直りながら、納得する。
先ほど進路に目を向けたとき、御者は何かをしきりと訴えていた。
スミスが大きく体勢をくずし、少女がその手を離れる。
少年は、スミスに思い切り頭突きを食らわせた。
不意打ちをくらい、仰向けに倒れたスミスの上に、少年がのしかかる。
その首に両手をかけ、全体重をかける。
さらに馬車が揺れる。
「もうこんなことの片棒をかつがされるのはごめんなんだ!」
御者の声には、すてばちな色があった。
少年は体勢を保とうとするだけでやっとだ。
スミスが少年の手をひきはがそうと、爪を食いこませた。
仰向けのまま、少年を蹴りつける。
「放せ、この庭師ふぜいが」
スミスが少年のからだを蹴り上げた瞬間、馬車が揺れ、
少年はキャビンの壁にたたきつけられた。
からだを起こそうとすると、床に散らばったガラスの破片が手のひらに食い込む。
「活きがいいなあ……」
スミスが立ち上がり、少年を蹴りつけた。
「だめ……」
手を使えない少女が座席をはいずり、キャビンの床にうずくまる少年の前に落ちた。
スミスの足が、そのわき腹に当たる。
「あっ」と声をあげて、彼女がせき込む。
「お嬢様……」
スミスが驚いた顔をしたのち、にたりと笑った。
「仲がいいなあ、君たち」
キャビンの床をすべった鎌が、スミスに拾いあげられる。
すみに追い詰められた少年は、少女のからだを抱き寄せ、かばうように右腕で抱きしめた。
――何か……手は……。何か……。
体をささえる左手が、ガラスの破片に刺されて痛む。
スミスが鎌を振り上げる。
少年は少女の頭をぎゅっとかばう。
やられる。
そう思ったとき、少女がうめき声をあげた。
スミスが狙ったのは、少女だった。
一回、二回、三回。
刃物が彼女の肩にめりこむ。
少年が腕の位置を変えても、間に合わない。
少女の血が、少年の腕をつたった。
スミスがしゃがみこみ、少女の髪をつかみ上げ、その白い喉もとに刃物を当てる。
スミスが血走った目で、少年を見た。
「……さあ、おとなしく言うことを聞け」
「この人にさわるなあああ!」
少年は絶叫し、スミスの顔に、左手でつかみ集めたガラス片を投げつけた。
動揺したスミスの腹に頭突きをし、鎌を奪い取る。
「うおおおおおおおおおおお」
少年は吠え、鎌を力のかぎり、振り下ろす。
ざくり、と嫌な感触が手に伝わる。
スミスが目を見開き、首から血を吹き上げて後ろへ倒れゆく。
馬車の振動でキャビンの扉の蝶番が外れ、バタバタと開閉する。
少年はキャビンの壁に手をつき、飛びあがるようにして、スミスの体をその外へと蹴り出した。
ほっとする間もなく、
「だめだ、だめだ、もうだめだ」
御者の叫び声が響き、馬車がひときわ大きく揺れる。
少年は馬車の進路を見て息をのむ。
崖が、せまっていた。
少年はとっさにずた袋を下ろす。
少女を腕に抱くと、少年は覚悟を決めて、キャビンの外へ転がり出た。
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