追跡
「エリス! てめえもあの人に手ェ出そうとしてただろうが!」
少年は、背中にのしかかるエリスに向かって吠えたてた。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる!」
気迫にひるんだのか、一瞬、背中の拘束が緩む。
少年はそのすきを逃さなかった。
半身をねじって体をはね起こし、背後の男をポケットのナイフで一閃した。
エリスが目を押さえて転がる。
体の痛みも忘れ、少年は跳んだ。
部屋の隅に置いたままだった鎌とずた袋をひっつかむ。
「おい、おまえ」
止めようとしたアレクを、鎌で斬りつけた。
血が孤を描いて飛び、外で誰かの悲鳴が上がる。
いつの間にか、小屋の外にはメイドや下男たちが集まり、ようすをうかがっていた。
彼らを突き飛ばすようにして、馬小屋へ向かう。
「あいつを……あいつをつかまえろ」
アレクの声を聞いた。
――早く、早く、早く。
孤児院にいたころ、近所の牧場の仕事を手伝っていたら、遊び半分に馬の乗り方を教えてもらったことがある。
――乗れるだろうか。
馬の気性が荒くないことを祈りながら、鞍をつけて飛び乗る。
スミスに蹴られた内臓がきしんで、少年の口から何かがもれた。
ばらばらと、複数の足音が近づく。
「待て!」
少年は口のなかのものを吐き捨てると馬を駆けさせ、敷地の外へと向かう。
いつかの時雨の日、彼女を見送った車寄せから、真新しい馬車の
――今度は絶対に見送らない。
馬が路面を蹴ると、少年の上体はふらつき、めまいを覚えた。
そのたびに、馬のスピードがゆるむ。
――頼む、頼む、耐えてくれ。
祈りながら、歯を食いしばる。
轍は街とは反対側、山に向かって続いている。
集落を抜けたころ、馬車が見えてきた。
馬にしがみつき、その腹を軽く蹴る。
――頼む。
この体での、慣れない乗馬。
山道に入れば、きっとふり切られてしまう。
吐き気をこらえ、馬を駆けさせ、馬車との距離を詰めた。
のぼり坂がはじまる前に、馬車と並走する。
御者はちらちらとこちらをうかがっているが、
キャビン内の男はこちらに背を向けて何かにのしかかり、少年に気づくようすはない。
男の体の下に、少女の姿が見えた。
――できるか。
少年は跳んだ。
ガラスが砕ける衝撃、顔や手足を刺す痛み。
馬車に飛び込んだ少年を、スミスの邪悪な笑顔が迎えた。
「おやおや、飛んで火にいる夏の虫だね」
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