残酷な笑顔

ネリネの花が咲いた。

彩りが少なくなる秋、庭に華を添える薄紅の花。

百合にも似た花が寄り添って、花弁をそらせている。


――あのひとのことは、忘れよう。


少年は自らにそう言い聞かせていたものの、やっぱり彼女に見せたくて、部屋の窓を叩いた。

現れた彼女は、髪をきれいに巻いて、はじめて見る深紅のドレスを着ていた。

大きく開いた胸元。スカートのふくらみが少なく、体にそったデザイン。

「何かあるんですか?」

尋ねると、少女がはにかみながら答えた。

「これから、アレク様とお出かけなの」

少年の胸が痛む。

「この前、何着かお洋服を仕立ててもらったの」

これもその一着、とうれしそうに彼女が裾をつまんで見せた。

「よくお似合いですよ」

機械的に答えた。

「よかった。こういうドレスって、着なれないから」

胸元を気にしたようすで彼女が言う。

ほんとうは……ほんとうは、すこし妖艶すぎる、と少年は思う。

「お洋服を買ってもらって、そのうえお出かけなんて。本当に久しぶり」

上気した頬が、少女の表情に輝きを与えている。

その輝きが、少年の心を残酷に刺した。

動揺していることを、知られたくない。

俺は使用人で、この人はお嬢様なのだと心の中で繰り返す。

「じゃあ、あまりお引き留めしても」

ネリネの花を渡す。

「ありがとう」と、花を手にして彼女は笑った。

美しい、と思うほどに、少年の心にはむなしさが広がる。


――俺には、こんな顔はさせられない。


しかし、そのとき少年は知らなかった。

少女がこのお屋敷でそんな笑顔を見せるのが、それが最後になることを。

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