「忘れないで。庭師さんなら、きっとだいじょうぶ」

朝日がのぼる前、少年は彼女を部屋まで送った。

「ひとりで帰れるから、だいじょうぶ」と彼女は言ったが、そんなわけにはいかない。

夜明け前のひんやりとした外気が、泣きはらした目に気持ちよかった。

こんなに泣きじゃくったのは、生まれてはじめてかもしれない、と少年は思う。

「みっともないところを見せて、すみません」

少年が恥て言うと、少女は首をふった。

「みっともなくないよ。ひとりになったら、だれだって心細いもの」

「それと、俺……この屋敷を出て行かなきゃいけないかもしれません」

「そっか……」

少女が視線を落とす。

「外でやっていけるか、わからないけれど」

心細い。

怖い。

でも、いまはほんのすこしだけ、「それでも、やっていくしかない」と思えるようになっていた。

「庭師さんなら、だいじょうぶだよ」

少女がほほえんだ。

「まじめで、優しくて、とっても仕事熱心だもの。

ここの外に行っても、きっとみんな、よくしてくれる」

励ましてくれているのは、わかる。それでも――。

――そんなにあっさり言わないで。

少年は叫びたくなる。

「忘れないで。庭師さんなら、きっとだいじょうぶ」

少女は少年の片手をきゅっと握って、繰り返した。

彼女の灰青色の瞳に、ランタンの灯が映っている。

――俺は、俺は、あなたと会えなくなるのはいやだ。

子どものようにだだをこねたくなる。

そんな気持ちを持て余しているうち、

「送ってくれてありがとう」と、彼女が手を振って去っていく。

少年は夜明け前の闇に、彼女が消えていくのをただ見送った。

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