少女は日陰の窓辺で物思いにふける
オークの葉が黄ばんでいる。
また秋が来た。
少女は、ため息をつきながら、窓辺で頬杖をつく。
裏庭に面した、中二階の部屋。
その腰高の窓から見える世界が、少女のほとんどすべてだった。
気分転換に、裏庭にちょっと出ることはある。
オークの木の下に生えたちいさくてうつむきがちな花を見たり、
初夏に白い花を咲かせる木の、つやつやした葉をなでたり。
使用人に見られないよう、こっそり、ちょっとだけ。
べつに、閉じ込められているってわけじゃない。
部屋の扉には鍵はかかっていないし、見張りもいない。
屋敷を出ようと思えば、いつでも出ていける。
だけど、出て行ったところで、少女にはあてはなかった。
昔々、少女の世話をしてくれていたメイドが言った。
「15か16になったら、アレク様だって考えてくれるんじゃないですか」
15歳では、何もなかった。
少女は16歳になる日を心待ちにした。
待ちに待ったその日、アレクが部屋にやってきた。
「誕生日おめでとう」とも言われず、いつも通り寝台に押し倒されただけだったけれど、きっとこれはそういうことなんだ、と少女は心を躍らせた。
「アレク様、お嫁さんにしてくださる?」
事後、アレクの背中にそっとてのひらをそわせて聞いた。
――だって、こういうことだってしてるんだもの。
アレク様は、わたしのことを好きでいてくださるはず。
アレクは上半身を起こし、形のよいしっかりとした眉を寄せた。
ため息をつき、少女と目をあわせようとしなかった。
「アレク様……」
不安げに問いかけた少女を、アレクは一瞥した。
「つけあがらせるんじゃなかった」
その日から、納屋に連れ込まれるようになった。
はじめのうちは、抵抗した。
こんなところはいや、せめてお部屋で。
ぶたれるだけだった。
少女はしだいにあきらめた。
求められるままにからだを与え、されるがままになった。
――抱いてもらえるだけ、ましだもの。アレク様に見捨てられたら、生きていけないもの。
そういえば。少女は思い出す。
最初のころ、納屋でアレク様ともみ合っていたら、止めに入ってくれたひとがいたな。
あの、庭師の見習いの男の子。
彼にとって、あれが屋敷にきたはじめの日だったと人づてに聞いた。
――あんなことしちゃって、だいじょうぶだったかな。
しばらくして、裏庭を彼が通った。
やめさせられたんじゃないかと心配していたから、ちょっとほっとした。
でも、アレク様や庭師のお師匠さんに怒られたんじゃないか。
春になって、あの男の子がひとりでいるところに声をかけた。
――草をいっしょうけんめいむしってた。
あの男の子のことを考えると、少女の口もとに笑みが浮かんだ。
――声をかけたら、すっごくびっくりしていたっけ。
また別の日、裏庭で声をかけた。
ずっと花の名前を知りたいと思っていたから。
迷惑かなと思ったけれど、男の子はうれしそうに教えてくれた。
うつむきがちなちいさな花は、クリスマスローズ。
白くていいにおいがする花を咲かせるのは、クチナシ。
最初はぎこちなかったのに、植物の話になると、男の子は目を輝かせた。
――働きはじめてたった半年だったのに、なんでも知っているんだもの。
まじめでまっすぐ。
屋敷では鼻つまみ者の少女とも、ふつうにおしゃべりしてくれる、同年代の仕事熱心な男の子。
やせっぽちで、白いシャツもサスペンダーで吊ったズボンもだぶだぶ。
いつも野良仕事で汚れてほこりっぽくて、
日向のにおいといっしょに花を持ってきてくれた。
少女には、彼のすべてがまぶしかった。
そして……。
――あなたはうつくしいですよ。
黒い瞳で、静かに少女を見つめて言った。
あの日のことを思い出すと、心臓が跳ね上がる。
だから、思い出すのは、ときどき。
大切に、そっと心の奥から引っ張り出して、
だけど引っ張り出したとたんにドキドキするから、
あっという間にしまい込む。
少女にとってあの小屋での一夜は、そんな記憶だった。
――あの子はいつか、りっぱな庭師さんになって、ここを出ていくんじゃないかな。
少女はそう思っていた。
小屋でも、すごく真剣に本を読んでいた。
彼には、もっとすごいところがふさわしい。
こんな田舎じゃなくて、都の貴族のお屋敷とか、お城とか。
それで、きっとかわいいお嫁さんといっしょになって、子どもがたくさんできて。
彼の未来をあれこれ想像するのは楽しかった。
一方……。
――そのころ、わたしは……わたしは、どうなってるのかな。
少女はうつむく。
いつの間にか、窓の外は暗くなっている。
――きょうもアレク様、来てくださらなかったな。
不安と一抹のさみしさ、そして心のどこかにあるほっとした気持ち。
そのぜんぶを見なかったことにして、少女はカーテンを閉じた。
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