屋敷へ
「よろしくお願いします」
少年は、覚えたばかりのあいさつを口にする。
「孤児で、至らんところもあるかもしれませんが、わたしがしっかりめんどうを見ますんで」
師匠が言って、皺だらけの手で少年の肩に少し触れた。
下男を束ねているという男はエリスと名乗り、少年の顔を一瞥した。
「こんなチビに庭師の見習いなんかできんのか? 木に手ぇ届かねえんじゃねえの」
ポケットに手を突っ込んだエリスのせせら笑いを、少年はだまってやり過ごす。
――たぶん、苦手なタイプ。
でも、上手くやらなければ、と思う。
せっかくここで雇ってもらえたのだから。
あのあと――。少女からりんごを手渡されたあと、少年はそれをかじった。
――死ぬのはいやだ。
果汁の甘さが、口から喉へ、そしてからだじゅうに染み入るようだった。
その甘さが、少年に夢を思い出させた。
――ちゃんと働いて、生きたい。それで、家族を持ちたい。
それから、猛然と仕事を探した。
たいていは「くっせえ」「商売のじゃまだよ」と追い払われたけれど、たったひとり、この庭師の師匠だけが「うちに来るか」と言ってくれた。
――だから、上手くやらなければ。
うつむいて拳を握った少年を、師匠は屋敷の表へといざなった。
「主のアレク様は、まだ部屋にいらっしゃらない。先に、庭を案内しよう」
使用人たちが使う裏口から、屋敷の横を通り抜ける。
少年は一瞬だけまぶしさに目を細め、その光景に息をのんだ。
秋だというのに、花が咲き乱れている。
「すっげー」
もっとよく見ようと思わず庭の真ん中へ進もうとした少年を、師匠が止めた。
「使用人は、はしを歩くもんだ」
そのまま、塀沿いに進む。
師匠は、大きな楡の木の下で立ち止まった。
「のぼってみろ。ただ、ほかの使用人には見つからんようにな」
師匠にうながされるまま木にのぼる。
少年がいるのは、屋敷の西側のすみだった、
屋敷の正面から東側には、四角く区切られた花壇が広がり、中央にはちいさな噴水があった。
そしてその端に、薔薇園。
少年がいる場所からはいちばん遠いものの、秋咲きの薔薇が咲いているのがよく見えた。
楡の木の周りは、丸いかたちに植物が群生し、その間をくねくねと遊歩道が横切っている。
「どうだ」
木から降りた少年は、瞳を輝かせて言った。
「すっげえ、いや、すごいです!」
師匠はそのようすを見てすこしだけ頬をゆるませた。
「この庭をうつくしく保つ。それがきょうからのお前の仕事だ」
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