曲をつくるのに必要なピース

野球部の応援で定番の曲と言えば?

「はぁ〜、久々に部活に顔を出したと思ったら、野球応援で使った曲のスコアを貸せってか。さすがにそれ都合良すぎるんじゃないか?」


 放課後の音楽室準備室。俺は吹奏楽部所蔵の山積みの楽譜の中から、夏に野球部の応援で使用した曲のスコア譜を一通り引っ張り出していた。どこか参考になりそうな曲はないか、俺のおよそ知らない曲の譜面を指でなぞり、それを脳内で音へと変換していく。指でなぞっていくうち、そういえばこの曲はテレビCMでも使われていたな……と気づいてみるなど、そんな具合に一つ一つ目を通していた。


「今度楽器でも指揮でもなんでもやってやる。今不足しているパートはあったりしないのか?」

「お前それ、どう考えたって人に物を頼む態度じゃないだろ……」


 野球部の応援は、確かにオリジナルの応援歌も存在しているものの、多くはその年に流行ったポップスの曲をチアリーディング部が推してきて、それを応援歌としていた。俺はポップスについてはどちらかというと疎い方なので、その譜面をおよそ新鮮な眼差しで見ていた。知っている曲、知らない曲はそれぞれ半々くらい。他のクラスメイトと比較してみると、かなり疎い方な気もする。

 だからこそ俺は、ポップスというものをもう一度おさらいしておきたかったんだ。


「しかしまさか大河がポップスの曲ばかりを漁り出すとはなぁ〜」

「やむなく事情で必要になったんだよ」

「ふ〜ん……」


 宏は明らかに疑いの眼差しで俺の顔を伺っている。俺の顔に、何か付いているのだろうか? 何かを面白がっているようにも見えるが、その理由は俺にはわからない。


「つまり、女だな?」

「……は?」


 が、宏の口から全く予想していなかった言葉が出てきて、俺の思考回路は唐突に細い糸のように激しく絡まり合い、乱れてしまう。


「愛しの七宮さんのためにこれまで封印してきた作曲活動を再開するとは、なんとも懸命なこった」

「ばっ、ちげ〜よ!! あくまで自分のため。華音はついでだ」


 そう、これはあくまで自分のため。それに間違えはないはずだ。

 俺は一昨日の日曜日、横浜で華音に曲を作ると約束した。確かに華音の願いを叶えてやるのも理由の一つであることに違いはない。ただそれ以上に、今の自分を何としても変えたかった。作曲ができない自分、ピアノが弾けない自分から脱却して、もう一度前に進むためにも。


「うんうん。そうやって七宮さんを名前で呼びつける辺りも、愛を感じるもんな」

「だから違うって言ってるだろ」

「まぁひじょ〜に不本意ではあるが、七宮さんも満更でもないみたいだし」

「だからそもそもあいつは……」


 それについては宏の言う通りだった。これまで学校ではどこか距離をとっていた華音だったが、昨日から急にその様子が豹変して、一緒にくっついて歩くことが多くなった。俺がある程度距離を保とうとしても、飼い主から離れない小動物のように、すぐに追いかけてくる。おかげで他の女子から少し痛い視線を感じるようになった気もするが、それこそ俺は何をしたと言うのだろう。


「他の女子では飽き足らず、あの純白な七宮さんも大河の毒牙にかかるとはなぁ〜」

「そんなんじゃね〜って。あくまで仕事で……」

「仕事で、どこまで行ったんだ?」

「ん……?」

「仕事に託けて食事を一緒にしたとか、その後ベッドで一夜を共にしたとか?」

「あいつの部屋のはシングルベッドだし、そもそもそんなことできるはずもないな」


 まぁあいつのベッドはふかふかでどこかいい匂いがしたのも事実だが。


「……っておい大河。なんでお前そんなこと知ってるんだ?」

「ん。あ〜…………」


 そういえば俺と華音が同じマンションの同じ部屋に暮らしていることは宏と言えどまだ秘密事項だった。俺は慌てて取り繕うとするが、宏にはもう手遅れかもしれない。


「ほら、有理紗だよ」

「あの綺麗な姉さん先生がどうかしたか?」

「有理紗が華音の部屋のベッドについて事細かに……」

「うん大河。お前それ、自分で無理があること承知で言ってるよな?」


 てか自分の教え子のベッドの様子を自分の甥に話す先生なんて、この世に存在するのだろうか。宏の言う通り、その釈明には無理があるにも程があるというやつだ。

 とそこへ、スマホがぶるっと震えるのがわかった。震えは長く続き、メールではなく電話の着信であることを知らせている。まさに救いの着信というやつだろう。


「宏、すまんが電話に出させてくれ」

「…………」


 宏は無言で納得はしてなさそうだったが、特に抵抗もしてこなかった。

 俺はスマホに表示された電話番号を確認する。電話番号が表示されるということは、俺の電話帳には登録されていない番号ということになる。ともすると、有理紗でも華音でもない。他に俺に電話にかけてくる人なんていたか?と考えていると、ふと一つの記憶にぶち当たった。

 そうだ、この番号は確か……。


「……はい、大河です。えっと、華音のお母さんですか?」


 俺は少し緊張して、思わずそんなことを口走っていた。

 もちろん目の前にいた宏の顔が完全に疑いのそれに変わったことは言うまでもないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る