声優がキャラソンを歌う事情

「わたしが歌う曲を、大河君に書いてほしいの」

「だからなんでそういう話になるんだ!?」


 確かにさっき俺は、何でもしてやるとは言った。とはいえ、不可能なことだってあるんだ。全く作曲活動をしたことがない人間に対して、唐突に『曲を書け』というのはさすがに無理があるだろって、恐らくそういう類のものだと思っている。そのはずだ。


「だって、大河君は作曲家なんでしょ?」

「いやだからそれは……」

「だったらわたしの曲の一曲や二曲くらい、へっちゃらで書いてくれるかなって」

「へっちゃらじゃないからな」


 どうやら華音にしてみると、俺は本当に作曲家であるという認識らしい。ここ半年以上書いていない人間が作曲家だなんて、笑いを取るにも大概にとは思う。それこそ素人と同じレベルで無理なんじゃないかって、俺はそう思っているのだが。


「だってさっき大河君なんでもしてくれるって言ったじゃん!」

「いやだからそれは……」

「そうやってわたしのこといっつも子供扱いするの、ママと一緒だ」

「うっ……」

「みんなしてわたしのこと子供扱いして、どうせわたしなんか……」

「お願いだからこのシチュエーションで泣くな〜!!」


 これでは俺が完全に小動物を虐めてるみたいじゃないか。

 さっきからずっと俺が華音の身体を抱き寄せているが故、華音の顔を見ることができない。だけどその声は完全に泣き声で、俺を慌てさせるのには十分過ぎた。果たして俺は、華音の顔を見ていいのだろうか。

 だが、ちょっと待てよ。そもそも華音って『七色の神音』を持つとされる声優だったよな。だとするとこの声色ってひょっとしてまさか……。


「そ、そんなことより、なんでそこまでして俺に曲を書いてほしいんだよ?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「…………」


 そもそも、なんの話だというのだ? その疑問の反動で、俺は華音の顔を確認する。やはり泣いてなどなく、きょとんとした顔をまるで何事もなかったかのようにこちらに差し向けていた。ひょっとすると、こいつのさっきのあれは、ただの天然だったということか……?


「さっき話したアニメの挿入歌とはまた別に、キャラソンを歌う必要があるの」

「キャラソン???」

「うん。いわゆるキャラクターソングのこと。略してキャラソン……ってそこはさすがに大河君でも知ってるか」

「ああ。だが俺が聞きたいのはそこではない。そのキャラソンを歌うという話が、なぜ俺が曲を書く話に繋がってくるんだ?」


 もちろんキャラソンなるものが存在していることは知っている。アニメ関連グッズとしてはそれこそ欠かせない存在であり、アニメビジネスを支える上でも必要不可欠と言って間違えはないのだろう。お世辞にも音楽としてのクオリティーは怪しいと思しき曲はなくはないが、重視しているのは恐らくそこではないのだろう。あくまでアニメのキャラクターを彩る存在として、キャラソンとやらは生まれてくるのだと思う。

 ……いや、俺の胸の内には猛烈に嫌な予感が走っているのは間違えないわけで。


「実はわたしのだけ、まだ曲を書く人も詞を書く人も決まってないの」

「え?」


 それってCD出すことだけ決まって、曲の何一つも出来上がってないってことか?


「元々はわたしの歌声の特徴を確認してから、キャラソンの作曲スタッフを募ろうとしていたらしいのだけど……」

「華音が歌えないから、曲すらも出来上がらないってか」

「うん。で、今その件について、アニメ制作会社とうちの芸能事務所の方で大揉めになってるらしくて。アニメ制作会社の方が宣伝もあるからこれ以上待てないって」

「……あ、ああ。言い分としては十分正しいな」

「それでね、うちの事務所の社長が言うには、作詞については未来みくに手伝ってもらえそうだから何とかなるって話らしいんだけど……」

「いやそれ以前にアイドル歌手がアニメのキャラソンの作詞とかすごい発想するな」


 ただ、言われてみると確かに、未来の所属する『BLUE WINGS』の曲はメンバーのITOが全て作曲してるし、作詞の方だって稀ではあるが未来が行うケースもこれまで多々あった気がする。


「でも作曲の方はITOちゃんのスケジュールが全然捕まらないらしいの。他の作曲者も候補として考えてはみたけど、どうせならわたしの身近な人に書いてもらった方がいいだろって、うちの社長が……」

「なるほどそれで有理紗に作曲を依頼したのだな」


 もっとも有理紗は作曲などしたことない。そんなことは百も承知のはずだ。


「違うよ。うちの社長が有理紗先生に相談して、作曲は大河君にって……」

「誰が!?」

「有理紗先生が社長にそう提案したんだって」


 おい、有理紗……。


「ってちょっと待て。その流れって、俺に断る権利がもはやなくなってないか?」

「え〜そうなのかな〜? とりあえず社長は『じゃ任せた』って言ったらしいけど」

「誰に!?」

「有理紗先生に……?」


 お〜い、有理紗〜〜!!!


「そもそもさっきから全然主語と述語が噛み合ってないと思うんだが」

「でもこれで大河君の作曲活動再開も確定的だね!」

「そういう話じゃね〜だろ!!」


 妙に明るいテンションの華音の顔に、俺の顔はひきつるしかなかった。

 そもそも俺がアニソン? しかもキャラソンだと!??

 そんなものこれまで書いたことなど当然ない。俺が書いてた曲はほとんどがクラッシック音楽だったし、ポップスを書いたことはほぼ皆無だ。稀にお遊び半分で書いていたことがあるかもしれないが、それはあくまで遊びであって、他人に公開できる代物ではない。ましてや今回の話は商業のお話だ。そんなことっていくらなんでも……。


「でもね。大河君の曲ならわたしの歌声も取り戻せるんじゃないかって、そんな気もするんだ」


 華音は笑いながら、そう答えていた。

 その何気ない一言が、俺の身体の奥底に冷たい雫を一滴垂らしたように感じられた。

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