残された時間と華音の願い

 デートとは……?

 俺と華音は、一通りの絶叫系アトラクションをコンプリートした後、お化け屋敷に入ったり、ゲームセンターで遊んだり、気がつくともうすぐ夕刻を迎えようとしていた。『そろそろ夕焼けが綺麗じゃないかな』と華音が言うので、最後に大観覧車に乗ったんだ。確かに今日は昼からずっと晴れていたので、観覧車で一番てっぺんまで上れば景色も格別かもしれない。


「わたしね。もう、時間がないんだ……」

「それって……余命か何かか?」


 とはいえ、人生初めてデートで、こういうノリはあまり良くないと思うんだ。


「違うよ。歌が、まだ歌えないって話」

「歌……?」

「そう。わたしが声優として再デビューするのに、その条件として歌えなきゃいけないってこと」

「それは一体、どういう意味だ?」


 いや、それはそれでやはりこのノリの方もどうかと思うのだけど。大観覧車のモーター音がずしんずしんと俺の胸に響いてくる。


「四月から始まるアニメでわたしは六海を演じるんだけど、その役を演じきる条件として、歌を歌えることというのがあるの」

「な、なんだそれは……。あの話って、そんな話だったか?」


 六海というのは、ライトノベル『六等分のケーキ食べられますか』に出てくる六つ子の六女に当たる女の子。俺もざっくりと読んだことはあるが、なるほど確かに華音の声色にはぴったりな気がした。であれば声優としてそれだけで十分な気もするのだが、そもそもそのお話には、音楽の『お』の字も出てこなかった記憶さえある。だとすると……。


「アニメの中で、六つ子で歌う挿入歌を入れるシーンがあるんだって。それでね、本当であればそろそろその収録もしなくちゃならないんらしいんだけど……」

「華音が歌えないばかりに他の声優たちを待たせてしまってる……というわけか」

「…………」


 華音は無言のまま首を縦にこくんと振った。

 確かにそれはどこにでもありそうな話でもあった。最近のアニメでは、女性キャラクターの声優さんが一同に集って、主題歌なり挿入歌なりを歌うケースが本当に多い。昔であればアニソン界の帝王などと呼ばれる人が大迫力のボリュームでアニメの世界観を見事に歌い上げていた印象もあるが、どうしたことかその役目を最近は声優が務めてる印象だ。

 もっともビジネス的に考えてみてもわからない話でもなかった。今時の声優となると、男性女性問わず、どこかアイドル化している風潮さえある。それに声優と言えば、まさにアニメの世界観そのものを現す象徴でもある。いかにもギャラの高そうな大ヒットメーカーに主題歌を依頼するよりも、アニメに出演する声優に歌ってもらった方が、見た目以上に高いコスパが得られるのかもしれない。

 そういえば華音の部屋にもアニソンのCDがずらりと並んでいたもんな。アーティストの名前を見ると、およそ声優の名前ばかりだった気もする。その光景を見たとき俺は、こうしてアニメ関連グッズがビジネス化していくのだとつくづく実感したものだ。それにひきかえ俺の書いてたクラッシック紛いな曲なんてものは、ほとんどビジネスにならなそうな……とも。


「本当であれば挿入歌だけでなくて主題歌も歌ってほしかったみたい。だけど、わたしが歌えないばかりに、挿入歌だけになってしまって……主に、わたしのせいで……」

「そこで自分を責めるのはやめろよ」


 たとえ真実がそうであっても、そこで華音自身を責めるのは筋違いというものだ。責めるのは華音自身じゃなくて、俺を責めてほしい。


「でも、挿入歌じゃなくて主題歌としてみんなで歌っていた方が、CDだってもっと売れたと思うし……」

「だからやめろって」

「他のみんなだって、わたしさえいなければってきっと思ってるんじゃないかな」

「やめろって言ってるだろ」


 華音はわずかに肩を震わせていた。歌を歌えないという話だけでなく、新人声優としてのプレッシャーが華音を襲っているのかもしれない。見かねた俺は両手でその肩を掴み、自分の方へとそっと引き寄せる。その瞬間少しだけゴンドラが揺れたかもしれないが、そんなこと気にしていられるか。華音の身体が拒絶していないことを確認すると、俺はそのまま華音の真横へ移動して、小さく縮こまった身体をぎゅっと抱き寄せた。少しだけ怯えているようにも感じる。だが徐々にその緊張はほぐれていくのがわかった。やがて華音の身体の温もりが俺の体温と共鳴し始めたんだ。


「なぁ。俺は、お前にできることなら何でもしてやる。だからもう泣き言はやめろよ」


 気づくと華音はその体重を俺に委ねていた。今朝までまともに会話すらできなかったことの方が嘘のようで、今はすっかり落ち着いている。もっとも俺がその身体を密着させているせいもあり、華音の顔そのものは見ることができない。ひょっとすると華音のやつ、泣いているのだろうか。

 だとすると……俺は華音の顔を確認するのを諦めたんだ。


「じゃあ……わたしの曲を書いて」

「…………え?」


 華音の見えない顔から、そんな声が俺の耳に伝わってくる。ごく自然の、生温かい声。それはすっと胸の中に澄み渡ってくると、そのままぱちんと弾け飛んでしまった。

 てか、またそれかよ!?

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