デートをすれば大人になれるという都市伝説は本物か?

「ねぇ大河君。今度あっちの乗り物に乗ろうよ!!」

「お前、まだそんなに元気が……」


 はて。何がどうしてこうなったのだろう……?


「え〜、もうバッテリー切れなの〜? まだ高校生なのに」

「そうじゃなくてお前が元気ありすぎるんだろ!!」


 日が落ちるにしてはまだ早すぎる時間、午後はようやく十五時になったくらいか。どういうわけか、俺は来たくもないのに、みなとみらいの遊園地に来ていた。


「違うよ〜。大河君が体力なさすぎるんだよ〜! ひょっとして、楽器ばかり吹いてるから?」

「あの乗り物でこの遊園地の絶叫系アトラクションはコンプリートって、どう考えても俺の体力のせいじゃないよな!?」


 そして、そんな俺の目の前を走り回る小動物、もとい、華音。確か有理紗に『男だったら女子のエスコートくらいできて当然』みたいなことを言われたばかりな気もするが、やはりどう考えたって無理だ。ある程度想定はしていたつもりだったが、華音の存在そのものがそもそも想定外なので、こんなやつのエスコートなど、並みの男子高校生にできるはずもない。


「そう。あとひとつだよ!! だから大河君、ラストスパートってこと!」

「つかここに来てまだ一時間も経ってね〜じゃんか! どんだけのハイペースだよ!?」


 やはり無理だ。華音の彼氏役なんて、俺はまっぴらごめんだったはずなのに。

 有理紗のやつはとっとと逃げやがって〜!!


 話は今からちょうど一時間ほど前。そう、先程までいた喫茶店でのことだ。

 娘の我が儘とやらばかりを垂れていた華音であったが、どこかの誰かが余計なことを言ったばかりに、華音の様子が一変する。有理紗の忠告を守らず、なぜあんな余計なことをと、今思い返してみても言った本人には全く記憶がないわけだが、ただその本人にしてみてもごく自然と出てきてしまったものであって、あまり他意などなかったようだ。そのおかげなのか華音は何かに気づいたらしく、それが本当に余計なことであったかどうか、今となっては真相は定かでない。


 問題はその後だ。華音は『大人になりたい』と誓う。

 別にそんなの勝手になればいいじゃねぇかとか、そもそもこの小動物が突然大人になれるわけねぇだろとか、言いたいことは山ほどあったが、有理紗の鋭い視線もあり、俺の口からそれらが出ていくことは一ミリもなかった。その代わりに、華音と有理紗は『大人になるとはどういうことか』という件について、あれこれ談義をし始めたんだ。もっともそこに純粋無垢な男子高校生が聞いてはいけない話が出てきたわけではない。別に俺としてはそれでもよかった気もしたが、そうじゃなくて、もっと精神的に……華音が母親と向き合うにはどうしたらいいか?という話に移る。この話に俺の出番はないなと油断していたところに、突然華音が妙なことを言い出したんだ。さすがは華音だけに……と言ったところか。


「てかなんで俺とデートしたいなんて急に言いだしたんだよ?」

「大河君と一緒にいれば、ママの気持ちもわかるのかなって」


 本日最後の絶叫系アトラクションの列に二人で並ぶと、俺は再度それを確認した。華音は特に恥ずかしがることもなく、真ん丸の大きな瞳で、俺の視線を確認している。正直言って、俺の方が恥ずかしい。


「それってどう考えても飛躍しすぎだろ!?」

「だって大河君はそれを乗り越えてきたみたいだし、こういうことは先人に聞けって昔からよく言うよね?」

「なんか俺のこと、先人つーか仙人扱いしてないか?」

「そ、そんなことは、ない、つもり、なんだけどなぁ〜……」

「その!! 全然否定しているように聞こえないぞ!」


 そうこう話していると、あっという間に列の先頭までやってきたいた。人はそこそこいるものの、巨大な遊園地というわけではないせいか、並んでいる列はさほどでもない。恐らくこんな具合だったからこそ、一時間ほどで絶叫系アトラクションをコンプできてしまったということだろう。


「そもそもお前、ついさっきまで俺と口も利いてなかったじゃないか」

「そ、それは……」


 そして華音はお得意の小動物化だ。本当に都合がいい。よすぎる。

 有理紗と華音で一通りの談義を終えると、方針は決まったとばかりすぐに喫茶店を出た。その方針とはこれからすぐに俺と華音でデートをすること。……いやちょっと待て。俺はここ数日まともに華音と話ができてないんだぞ!?と訴える間すらなく、有理紗はとっとと先に帰ってしまう。そこに残されたのは、俺と華音、二人きり。

 最初は無言だった俺と華音だったが、華音の『行こっか』の一言でこの謎のデートが始まった。そもそもデートなんてしたこともない俺なんかが無事に……などとまともに考える余裕さえもなく、この有様である。


 最後に残っていた絶叫系アトラクションはダイビングコースターとかいうやつ。

 真っ逆さまに水しぶきとともに海の中へと落ちていく、そんなアトラクションだ。

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