あの曲が生まれた日 〜事件〜

 次に俺の曲が騒がれたのは、インターネットや雑誌などではなく、テレビの中だった。

 理由は、賞賛として騒がれたわけではなく、人を殺めてしまった曲として。

 その朝の光景はもはや箱の中の風景であって、完全に別世界の風景だった。

 刃物など持つはずもない音楽がなぜそう至ったのか、俺には理解さえできなかったから。


 その時は、静かにやってきた。

 朝のニュース番組は、ある男子高生の自殺のニュースを伝えていた。それ自体はよく聞く話に思えて、最初はあまり気にも留めなかったくらいだ。強いて耳に留まったことと言えば、その男子高生が俺と同じ歳だったということくらいか。俺だって何度か死にたいと思ったことがあった。それでもそんなことはできっこなかった。むしろ死ななくて正解だったのかもと、有理紗との生活を考えるとそう思えてくる。だから自殺した男子高生も、もう少し視点を変えていればよかったんじゃねぇかって、そう思えて仕方なかったんだ。

 ただしこの男子高生の自殺原因については、警察が調査中ということらしかった。いじめや家庭環境のこと、いくつか候補は見つかるものの、遺書が見つかっていない状態で決定打に欠けるということだった。そもそも人が死ぬ理由なんて、そんな単語一つに収まるものなのだろうか。俺はそのニュースを聴きながらそんな疑問符さえついたくらいだ。


 自殺の謎を解くための最後のピースとして、一つの音楽の曲名が紹介された。男子高生の部屋は散乱していて、その中心で自殺していたと言う。どういう状態で自殺していたのか、死因などについて明快には伝えていなかったが、ただ一点だけ、その散乱した部屋の中では音楽が流れていたというのだ。

 その曲名を聞いて、俺は愕然とする。その曲というのは俺が由比ヶ浜でイメージを固め、つい先日アップロードしたばかりのそれだったから。


 だからなんだというのだろう。自殺に至ったやつが最後に聴いた曲、それが俺の曲だったというだけの話じゃないか。ところがニュース番組では自殺の内容に留まらず、自殺の理由について踏み込もうとする。どこぞの偉い先生らしき人が出てきて、この曲には麻薬と同じ効果があるとまで言い放ったんだ。あくまで仮説としながらも、この音楽こそが脳内のドーパミンを大量に分泌させて……などと、非常に難しい話をしていた気もする。だが俺の頭の中にはちっとも内容が入ってこなかった。


 ともすると、俺の作った曲が人を殺めたとでも言うのか?

 何をふざけたことを言っているのだろう。音楽にそんな力なんて存在するものか。

 そもそも俺はこの曲から何かを感じてほしい、そう願って書いただけだ。

 これでは何もかもがあべこべで、完全に頓珍漢な話じゃないか。


 案の定とも言うべきか、俺の動画チャンネルも間もなく荒れ始める。『人殺し』だの『遺族に謝罪しろ』だの、そんなコメントが大量に溢れ始めていた。赤の他人に言われなくても、こんなチャンネル削除するに決まってる。理由は異なるが、糞親父に晒されたあの日から、俺はいつでも完全に消し去るつもりでいたんだ。なのに俺はもう、このチャンネルそのものを観るのが嫌になっていた。漆黒に染まり、悪意に満ち溢れたそのチャンネルはもはや完全に俺のものではなくなっていて、自分のチャンネルを開くことさえ俺はいつしか止めてしまっていたんだ。

 動画チャンネルは、俺がそのまま放置してしまっていたにも関わらず、数ヶ月後には自然消滅していた。恐らく違法チャンネルとして誰かが申請したのかもしれない。完全に俺のものでなくなってしまった俺のチャンネルは、俺の知らないうちにこの世から消えてなくなったんだ。


 この感情はなんだと言うのだろう。

 ふざけるなとか悔しいとか、そういうのとも少し違う。


 俺は防音室に籠り、雨の藤沢の景色を眺めながら、その曲を何度も弾き直していた。

 一体どこから歯車が狂い始めてしまったのだろう。誰かを救いたいと願って作ったはずのピアノソナタは、結果的に誰かを殺めた曲とされてしまった。そんなことってあるのだろうか。とにかく納得できなかった。できるはずもなかった。そんなことのために俺はこの曲を書いたわけではない。そんなの当たり前だ。なのに世間の評価は完全に認識とずれ始めていて、俺はいつの間にか何かを見落としていたのかもしれない。

 ピアノの音と雨の音が混ざり始める。混乱した俺の頭はただピアノの鍵盤を弾くことのみに専念してしまっていた。それが曲なのかただの音なのか、徐々に区別がつかなくなってきていたんだ。


 やがて、俺のピアノの音は鳴り止んだ。

 何も導けないまま、何もかもを失ったまま。

 俺は白と黒の鍵盤を見るのさえ嫌になり、そこには雨の降る音だけが残ったんだ。

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