あの曲が生まれた日 〜飛躍〜

 由比ヶ浜でイメージを作り上げた後、俺は一週間ほどその曲にほぼ全てを費やした。

 例外は学校へ行く時くらいだろうか。趣味で作曲をして、そのせいで学校のテストが赤点にでもなったら割りに合わない。ただしそれ以外は食事、寝る時以外の全てを割り当て、もっとも寝る時間だって、日に日に短くなっていった。完成直前の晩は完全に徹夜で、翌日の学校の授業はほとんど寝ていたような気がする。いや、寝ながら曲のことを考えていたかもしれない。記憶が曖昧ではっきりしないほど、曲のことに没頭していた気がする。


 そして、曲が完成した。

 嬉しかったというより、手応えのある達成感があった。思わず深い溜め息をつくほどに、気力が失われていき、コレデオワッタンダと、頭の中が真っ白になっていった。


 俺はいつもと同じように、いつもの動画チャンネルで配信を行う。この曲が世間に広まることで、自分が有名になりたいとか、そういう野心的な気持ちは微塵もなかった。そんなつまらない評価などより、この曲を聴いた人に何かを感じてもらえればそれでよかったんだって、そう願いながら配信作業を行なった。俺の願いはただそれだけのはずだった。


 公開されると、いつも通りにPV数が増えていく。最初のうちは特に目立った様子もなく、少しずつ少しずつPV数が増えていった。こんな俺みたいな世間知らずが書いた音楽など、何も響かないかもしれない。何も届かないかもしれない。もしそうだとしても、誰か一人でも多くにこの曲に何か感じる人がいたらそれでいいって、そう思いながら経過を見届けていた。

 ただし、どうしてこの曲が特別だと思えたのか、いつもとはやや違う気持ちでその経過を見届けようとしていたのか、俺にはわからなかった。作曲中は楽譜に音符を並べていくうち、気がついたらがむしゃらになってたんだ。自分の想いを全て書き写してしまおうって、徐々にそんな気持ちになっていたことだけを覚えている。まるで何かに取り憑かれてしまったと表現するのが正しいのか。今思うとこの曲は、最初からそんな呪いの曲だったのかもしれない。


 転機が訪れたのは、公開から一週間くらい後の雨の日だった。

 窓の外は土砂降りの雨で、俺は外に出ることさえできず、仕方なく自分の動画チャンネルのチェックをしていたんだ。すると間もなく俺が公開した動画のPV数が軒並み急上昇していることに気がつく。昨日まで見向きもされなかった動画さえも見違えるほどに伸びていて、俺は思わず自分の目を疑ったほどだった。

 原因はすぐに判明する。というのもコメント欄を見て一目瞭然だった。どうやら俺が作った曲が有名な作曲家の目に留まり、雑誌のインタビュー記事で紹介されたらしいのだ。慌てて有理紗が買ってきたその月刊誌をチェックする。そこには確かに俺の動画チャンネルの名前がURL付きで紹介されていた。

 なんだこれは……。見た瞬間、思わず絶句する。

 そこに、嬉しいなどという感情は、一切なかった。


 というのも、その有名な作曲家というのは、俺の父親だったから。

 今俺がどこで何してるとか、全く興味ないくせに。これまで一度たりとも父親らしいことを、したことがないくせに。一体なんだというのだろう。

 もちろん俺は実名を使って動画チャンネルを公開しているわけではない。俺の声も顔さえも、そこに映し出されたことは一度だってない。つまりあの父親は、何も知らぬうちに自分の息子の音楽を紹介していたというのだ。


 むしろ自分の動画チャンネルを消したくなる。あんなやつに認められるくらいなら……。

 事件が起きたのは、俺がチャンネルそのものを削除しようとした、その矢先のことだった。

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