あの曲が生まれた日

いつもとほぼ変わらない朝

「そんなの七宮さんの愛の歌を、大河が作ってあげるに限るだろ!」

「なんでそうなるんだよ!!」


 華音が倒れた翌日、学校はいつもとほぼ変わらない朝を迎えていた。

 ほぼというのは、華音が今日は欠席という点が異なるくらいか。学校の先生には俺から体調不良で欠席と伝えているが、それ以上のことは特に問われることもなかった。いつも華音の周りにいる女子生徒に至っては、風邪か何かくらいにしか思ってないかもしれない。二月という、一年で最も体調を崩しやすそうな季節だし、その程度の認識くらいが丁度よい。華音は今でも都内の病院で寝ているはずだが、あいつの職業柄、これ以上騒ぎを大きくしても仕方ないのだ。

 今俺の目の前にいる宏が、若干の異変に気付くのがせいぜいと言ったところだろう。


「それともあれか。七宮さんと大河のデュエット曲を書いてみるとか」

「それはさすがに飛躍しすぎだ。つか、俺はまだ曲を書くなんて一言も……」

「でもお前が曲を書くきっかけにもなるし、七宮さんにとっても歌を取り戻せるチャンスにもなる。それが成功すればまさに一石二鳥ってやつじゃねえのか?」

「それはそうなんだが……」


 なお、宏がその若干の異変に気付いたのにも理由があった。来週、未来のラジオ番組に七野かのんが再び登場すると告知されていたのだが、昨晩急遽取り消しとなり、その日は生番組へと変更して、未来と同じ『BLUE WINGS』に所属する春日瑠海の出演が公表された。七野かのんの再びの登場を待つアニメファンからするとがっかりといった声がネット上に並んでいたわけだが、それ以上に元国民的女優春日瑠海がラジオ番組に生出演するとあって、完全に七野かのんの話題を打ち消してしまった。さすがはあの芸能事務所の抜かりなさとも思ったが、未来に連絡したところ『そこは気にしなくて平気だよ。あたしとしては瑠海が放送事故を起こさないことの方が心配なんだけどね』と返ってきたくらいだ。はて、春日瑠海が起こす放送事故とはなんのことだろうとも思ったが、その点については深入りしない方が良さそうだ。

 そんな周到な計画も見事なまでに宏に看破されてしまった原因は、当然華音が休んだことに他ならない。あいつは今日中にも退院するはずだが、昨晩は病院の近くのホテルに泊まった有理紗からの連絡では、やはりまだ安静にしておく必要があるとのことらしい。本当に退院できるか否かは、午後になってみないとわからないとのこと。俺は今朝は食パンだけを口にして、誰もいないマンションから一人学校へ向かう。そのいつもと違う登校の様子を、宏にはしっかりと見られてしまったという具合だ。


「しかしまさか七宮さんがそんな病気を患っていたとはねぇ」

「ああ。あいつが選択科目として音楽ではなく美術を選んだのも、歌が歌えないからだったんだ。本当なら音楽の方を選びたかったんだろうけどな」

「しかもそのきっかけを作ったのも、大河だったってわけだな」

「…………」

「それってひょっとして……」

「……なんだよ?」

「ディステニィーってやつじゃね?」


 悪ふざけの過ぎる宏の顔に思わずむっとなり、宏の背中をグーでごついてしまう。


「いたっ。何するんだよ!!」

「あ〜、つい有理紗の真似をしてみたくなっただけだよ」

「あんな美人のお姉さんがこんな暴力振るうわけね〜だろ!」


 なわけねぇだろ。有理紗から暴力を取ったら、嘘っぱちの笑顔で塗り固められたいかにも適当に綺麗なお姉さんにしかならねぇじゃんか。


「だがなぁ。大河が作曲家として復活するにはいいチャンスじゃないのか?」

「別にそんなチャンス、望んじゃいねぇよ」

「中にはチャンスがあっても、それを活かせないやつだってごまんといるんだぞ? だけどお前はそれとは違うだろ。その才能をフルに発揮して、数少ないチャンスでもしっかりモノにしてみせる、それが奥山大河ってやつじゃなかったのかよ?」

「さすがにそれは買い被りすぎだろ」

「買い被りすぎだって別にいいだろ。それよりお前、本当に今のままでいいのか?」

「…………」


 宏の言葉が重くのしかかってくる。本当に今のままでいいなんて、そんなの一ミリも考えたことはない。俺だってなんとかしたいとずっと考えてる。

 だけど……だけどだな……。

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