今の時代はアニソンなのか?

「そういえば華音ちゃん、歌手になりたくて声優を目指したのよね?」

「はい。普通に歌手を目指すくらいなら、声優を目指した方が早いかなって。ほらわたし、少し声が変わってるから、なんとなくそっちの方が向いてるだろうし」


 いや、違う。とんでもなく邪だ。そんな理由で声優になられた日には、毎日こつこつ頑張って養成所へ通う声優の卵に絶対申し訳ないんじゃないか。今すぐこの場で彼ら彼女らに謝罪するべきだと思う。

 ただ華音の声が特徴的なのはその通りであった。それは駅前で華音に話しかけられた時からずっと感じていることだ。まるで漆黒のブラックホールにすっと吸い込まれてしまうんじゃないかって、そんな雰囲気のある不思議な声色。有理紗から声優と聞かされてもすぐに納得ができた。


「だけど声優になったからって、歌が売れるとは限らないんじゃあ〜……」


 だったら尚更だ。本当に歌が好きならば、その特徴的な声色を活かして、素直に歌手を目指すべきではないか。間違えなくボーカル向きの声だし、仲間とバンドを組めば絶対重宝されるはず。


「だって普通に歌を歌うより、アニソンを歌う方が多くの人に聴いてもらえるでしょ?」

「そ、そうなのか……?」

「去年のレコード大賞だってアニソンだったし。これからはアニソンの時代なんだよ!」

「…………」


 いややはり何かがぶっ飛んでいる。というよりこいつ、実はただのオタクなのでは?


「お前、やっぱし……」

「え。なに、大河君?」


 俺はひと呼吸入れる。こういうことはちゃんと伝えたほうがいい気がしたんだ。


「……バカじゃないのか?」


 その瞬間、有理紗の右手のぐーのげんこつが、思いっきり俺の後頭部を直撃した。リビングにぱこんという音が響く。周波数が圧倒的に低くて鈍い音。素晴らしい響きだ。いやもちろんかなり痛いのだが。


「なにすんだよ有理紗!」

「なにすんだよじゃないわよ! こんな可愛い華音ちゃん捕まえてバカ呼ばわりするとか、あんたのその真っ黒に染まりきった性格、早く治しなさいよ! そんなんだからいつになっても彼女の一人や二人できないのよ!!」

「それを有理紗に言われる筋合いは一ミリも感じないんだが!! そんな風に暴力ばかり振るっているからいつになっても白馬に乗った彼氏様が現れないんじゃないのか?」

「大河、いい加減にしなさい!」

「そっちこそいい加減にしろよ!」


 まぁこんな風に有理紗と睨み合うのはいつものことだ。よくこんな状態でこのおばさんと同居生活が続いているもんだと、我ながら感心してしまうこともある。だが華音は、この状況を笑いながら見ていたんだ。俺と有理紗は一時休戦し、不思議そうに華音の笑顔に振り向いた。


「本当にお二人って仲いいですね!」


 その華音の言葉の意味も俺には全く理解できなかったが。


「華音ちゃん。あたしたちのこと、本当にそう見えるの?」

「何かの思い過ごしだろ? どう見たって俺と有理紗は仲悪いぞ?」

「いいえ。二人とも絶対に仲良しですよ。喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないですか」


 たしかにそのような言葉があるにはある。国語の苦手な俺だって、それくらいは聞いたことあるけど、俺と有理紗がそれに該当するかどうか、甚だ納得がいかないのだが。


「やっぱりお前、頭おかしいんじゃないか?」

「わたしはおかしくもなんともないですよ。これを仲良しだって思わないお二人の方が、やっぱしおかしいと思います」

「そうなのか……?」


 俺には納得ができない。が、有理紗に至っては反論する力も失われたらしく、興味深そうな顔で華音の顔色だけをじっと伺っている。


「でもね、大河君……」


 そして、急に迫りくるような冷たい声音が俺の耳に響いたのは、その時だった。


「わたし、バカじゃないから」


 つい先程までほぼ泣き顔して見せていなかった華音は、俺に強い視線をぶつけてくる。

 その一言だけは、華音の本気の怒りを含んだ声音だったんだ。

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