とある作曲家の休日ととある声優の夢
「ところでおばさん。何故のかやみななが今更名前変えて再デビューなんだ?」
「誰がおばさんだって〜!!」
痛い。すぐ真横に座る有理紗は、豚骨ラーメンを頬張った俺の頬を思いっきり引っ張ってきた。てかおばさんはおばさんであることに間違えないだろ。
ただし、俺の尋ねた質問に対しては、有理紗からも華音からもスルーだった。有理紗は俺の頬を引っ張ることに夢中だし、華音に至ってはややうつむき加減で俺から顔を逸らし、窓の外の夕焼けをぼんやり眺めている。どうやらこれは地雷とかそういう類の話のようだ。
「でも有理紗先生と大河君は、本当に叔母と甥の関係なんですよね?」
「そ、似てないでしょ。生意気でむかつくけど、あたしの兄の一人息子よ。こいつ機嫌を損ねるとすぐにあたしのことおばさんって呼んでくるの。ほんっと腹立つと思わない?」
有理紗の正面に座る華音は、何かに納得して満足したような顔を見せてくる。今朝まで俺が有理紗の正面に座って食事していたけど、俺の座っていた場所に俺ではない別の女子が座り、有理紗が俺のすぐ横に座るこの状況は、なんだか妙な気分だ。昨日までと全く変わらないダイニングテーブルのはずだが、この状況に慣れるまでは少し時間がかかるかもしれない。
「ううん。お二人、そっくりだと思います。とっても仲良さそうで羨ましいです!」
「「は!??」」
だが華音の満足げな顔は、素っ頓狂なことを言い出す前触れに過ぎなかった。俺と有理紗が仲良さそうとか、この話の流れでどうしてそうなるのだろう。有理紗と思わず顔を見合わせしてしまったが、互いの顔にその答えは書かれていなかったようだ。
「大河君と有理紗先生は、いつもこうして二人で食事されてるんですよね?」
「あ、ああ。有理紗が仕事で遅くなる日以外は大体……」
「わたし、こんな風に大人数で食事したの、すごく久しぶりなんです。だから楽しくて」
「大人数って……」
たった三人が大人数? やはりすんなり理解できる話ではない。
「わたしの家のこと、有理紗先生は聞いてますよね?」
「ええ。社長から聞いてるわ。ご両親とも仕事が忙しくて、いつも帰りが遅いのよね?」
「そうなんです。父も母も、たまに帰ってくればいい方。深夜にどちらかが帰ってきても、翌朝わたしが起きるとどちらもいないんです」
華音は笑いながらそれを話していた。熱々の豚骨ラーメンをしゅるしゅるとすすっては、ほんの僅かの間を置きつつ、少しずつ話の続きを進めていく。
「だからこんな風に家族揃って食事するの、なんだか夢の中にいるような気がして……」
家族か……。華音のその話は、やや滑稽な話のようにも思えてきた。別に華音の言っていることが理解できないとか、そういうのとはもちろん違う。むしろ十分すぎるほど華音の話が理解できすぎて、それが滑稽に思えてきたんだ。
そもそも俺と有理紗だって本当の家族と言えるかどうか怪しい関係だ。俺は家出同然に親元を離れ、有理紗の部屋でお世話になることになった。有理紗にしてみたらこんな右も左もわからないような糞ガキを引き取る義理なんて、どこにもなかったはず。だけどなんだかんだ言いながら、有理紗は俺と一緒に暮らしている。自分の甥と言うよりも、自分の弟みたいに、俺を助けてくれている。
もちろん華音との間には血の関係さえもない。それでも家族みたいに思ってくれるのなら……と、少しだけ救われたような気持ちになってくる。
その時、華音の優しい顔もちにどこか懐かしさを覚えた。これはどこだろうか? 昔見た、子供の頃の風景。今は幻でしかない、そんな光景でもある。
「ねえ大河君。君って、作曲家さんなの?」
「は?」
ただそんな気持ちとは裏腹に、俺は卑屈な態度を取ってしまっている。別に華音が悪いわけじゃない。俺がその質問を素直に受け止められないだけのこと。
「だってさっき有理紗先生がそんな話をしてたじゃない?」
「…………」
有理紗のやつ、余計なことを吹き込みやがって……。
「ひょっとして駅前で吹いてたあの曲も、大河君が作曲した曲だったりして」
「ち、ちげーし」
「何言ってるのよ大河、あんたが吹いてる曲って、およそ自分で作曲した曲でしょ?」
違う。本当はそうだけど、全然違う。俺はそんなんじゃない!
「ねぇ。今度はわたしが歌う曲を作曲してよ!」
「だから違うって言ってるだろ!!」
俺が急に大声を出してしまったので、華音はまたびくっとなり、小さく縮こもってしまった。別に華音をいじめたいわけじゃないのだが、今日はずっとこんな調子だ。俺と華音は相性最悪なのかもしれない。……まぁ別にそれでも構わない。下手に懐かれるくらいなら、塵みたいに嫌われていた方が楽でいいだろ。
「華音ちゃん。こいつね、作曲家として少しお休みしているのよ」
「え〜。だって駅前で聞いた曲、すっごくいい曲だったよ? そんなのもったいないよ〜!」
「だから華音ちゃんもこいつの曲をいつか歌えるように、しっかり練習しておこうね」
「…………うん」
有理紗のやつ、勝手に話を進めやがって。俺はそんな約束保証できないぞ。そもそも華音が歌いたいなら誰か他のやつに頼んで歌えばいいじゃないか。声優だったらそれくらい……。
ところが俺の斜め前で無邪気に笑う華音の顔は、心なしか寂しそうな声を出していた。そういえばのかやみななって、歌を歌っていたことはあっただろうか? 記憶を辿ってみるが、のかやみななの歌声を俺は思い出すことができない。確かアニメの主題歌だって歌っていなかったはずだ。
「お前、歌を歌うのか」
「……ううん。でもいつか歌いたいって、そう思ってるだけ」
歌が下手なんだろうか? それだけ特徴的な声をしているのに? 有理紗のことを先生と呼んでる辺り、歌のレッスンを受けているのは間違えないみたいなのだが。
「声優だったら歌を歌う機会だってあるんじゃないのか?」
「うん。わたしが声優になったのだって、元々歌手になりたかったからだしね」
「…………は?」
すると華音はにっこりとえくぼを作って、妙なことを口走った。
てかなんだろう。その邪な理由は。
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