南向きの部屋にお化けは生息するか

「ま、大河が寄り付かない程度にはお化けが出るってことじゃな〜い?」

「そんなお化けの出る部屋で、有理紗は昨日一日中弾いてたじゃないか」

「あたしはそれがお仕事だもん。せっかく高い金払って防音室にしたんだから、使ってあげないと勿体無いしね」


 もっともその高い金というのはほぼ祖父の遺産じゃないか……という話はさておき、有理紗の言うとおり、リフォームまでして防音完備にしているわけだから、使ってあげないと損というやつだ。俺だって使いたいのは山々だ。だけどだな……。


「てかお前、なんであの部屋がお化け出ると思ってるんだよ?」

「だって…………」


 また泣き顔。今日はこいつ、ずっとこんな顔ばかりな気がする。ただし実際泣いているわけではなくて、顔がそう見えるだけ。涙をぽろぽろ落としてわんわん泣き崩れてるわけでもない。ともすると俺自身の罪悪感もどこか中途半端になってしまい、尚更たちが悪く思えてくるのは気のせいか。


「だってあの部屋、しんとしてて、なんか怖いんだもん」

「…………」

「…………」

「……ま、防音室だからな」


 ぼそっと溢すように吐き出た華音の言葉に、俺と有理紗は思わず顔を見合わせてしまった。華音の言葉の意味がやっと理解できたのは、それから数秒後のことだったんだ。ほぼ完全に音が遮られた防音室は、楽器を弾いたり吹いたりしない限り、必要以上に静かだ。どうやら華音はそれを嫌ったらしく、それ故あの部屋で寝泊まりしたくないということだろう。

 確かにその話はわからないこともない。防音室なんて静かで快適という人もいるだろうし、静かすぎて苦手という人もいる。その感覚は個人差があって然るべしだし、他人が踏み込んではいけない一線もある。華音が怖いと思うのなら、それは素直に認めてあげるべきだ。

 女の子一人、あんなに広くて静かすぎる部屋、確かに心細くて当然だもんな。


「大丈夫だ安心しろ。あの部屋にお化けは出ない。だからお前が安心して使え」


 だがそれはそれ。お化けが出ないことを実際に使ってもらって証明すればいいのだ。そもそもお化けなどという非科学的なもの、この世に存在するわけがない。


「で、でも……」

「窓のない俺の部屋なんかより、明るい日差しの入る防音室の方が快適だろ?」


 リビングと隣り合わせになってることもあり、防音室には大きな南向きの窓もある。一日中明るい日差しも入ってきて、冬でも十分に暖かい。もちろん冷暖房完備だ。確かに俺の部屋にもエアコンはあるが、そんなものに一日中頼ってばかりはいられない。窓はないし、冬の夜は時折寒さだって感じる。有理紗の部屋には北向きの窓があるけど、俺の部屋にはそれすらないのだから。


「窓から見える景色だって最高だぞ。朝になったら素敵な景色が朝日と共に起こしてくれるとか、理想の住環境だと思わないか?」

「うっ……それはそうだと思うけど……」


 よし、もう一息だ。防音室が俺の部屋より快適なのは間違えないのだから、華音に安心して使ってもらえば良い。それでいいじゃないか。


「だからお前は防音室で寝泊まりする。それで文句ないだろ」

「…………」


 華音はほんの僅かに肩を震わせながら、完全に黙ってしまった。その顔には何か言いたいことが書いてあるように見えたけど、そんなの俺の知る範疇ではない。

 とにかく勝った。これであの忌まわしき防音室に俺が引っ越すなんてことは……


「はいストップ。大河、あんた何ムキになってるのよ? 大河が防音室に引っ越すのは既に決定事項なんだから、とっとと荷物を移動させなさいよね」

「な!??」


 が、有理紗の鋭い視線が俺の心臓を的確に突き刺してきた。折角の苦労を台無しにする鶴の一声って、所謂こういうことを言うのだろうか。

 もっとも有理紗が鶴のような真っ白な心を持つ女性か否かは、はっきり定かではないが。

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