きつねうどんと豚骨ラーメン
間もなくエレベーターは最上階へ辿り着く。彼は一度も振り向きもせず、自分の部屋の前へとやってくる。いつもどおりに鍵を開けて、玄関から中へと入っていく。靴の数から判断するに、同居人のおばさんは既に帰宅しているようだ。もっともそのおばさんが本当に自分の叔母であるにしても、まだ二十代後半の独身女性だ。あまりおばさんおばさん言うと、またいつものように理不尽な雷を落としてくるに違いない。
「お、やっときた。少し心配したのよ? ずいぶん遅かったわね〜」
おばさんの声。今日は妙に優しい声で出迎えてくる。何かいいことでもあったのか。
「
「あら。
「え、一緒……???」
だが、さっきの明るい声はまるで嘘だったかのように、有理紗と呼ばれたおばさんの声色はいつもの調子に戻っていた。ただそれ以上に奇妙な感覚が彼に襲い掛かってくる。おばさんこと有理紗はさっき『一緒』という言葉を口走った。一体、誰と誰が一緒だったというのか。
有理紗が大河の前に姿を現した時、大河は有理紗の視線の先が自分ではないことに気がついた。彼の背後にある玄関の方だ。そういえばと大河は玄関のドアがまだ開きっぱなしであったことを思い出す。慌てて彼は後ろを振り向くと、つい先程発生した謎を解く一端が見えたような気がした。
「有理紗先生。今日からお世話になります」
「そんなかしこまらなくていいわよ。
「あの〜、それより先生。この怖い人、誰ですか?」
「誰って……あたしの甥の大河よ? この部屋のただの居候」
「っておい。今さっき、この怖い人って……」
「え、先生。これまで一人で暮らしてたんじゃないんですか?」
「やだわ〜。あたしまだ彼氏のいないぴっちぴちの二十代独身女性よ?」
「だから誰がぴっちぴちだよ……」
「てことはわたし、先生と二人で暮らすわけじゃあ〜……」
「あら、まだ言ってなかったっけ。……てか大河、今あんたなんか言った?」
大河はもはやどこからどう突っ込めばいいのかさっぱりわからなくなっていた。自分の目の前にはいつもどおり自分に対してだけは機嫌の悪そうな有理紗がいて、背後にはついさっき会ったばかりのやや可愛い系の女子がいる。その女子の名前は華音と言うらしい。ただ困ったことに、この女子はどういうわけか自分の事を怖い人扱いしてくるのだ。道に迷っていた彼女をここまで案内してきた件は、一体どこへ行ってしまったというのだろう。
いやそうじゃなくて。そういう話じゃなくて……。
「大河。今日からうちで暮らすことになった可愛い女子高生の華音ちゃんよ」
「急にそんな話聞いてないぞ!?」
「そもそも最初からあんたに言う必要なんてどこかにあった?」
まるでさも当然かのような顔でそんなことを言われるわけだ。大河は今のこの状況をどう受け取るべきなのか、一ミリも理解できていなかった。可愛い女子がうちに来る。確かにそれは正直な話、喜んでいい話なのかもしれない。ただそれって、要するに同棲ってことか? だってこの部屋はたった3LDKのマンションだぞ? それってうちのクラスで噂になったら自分は何を言われるかわかったものじゃない。ひとまず簡単に割り切れる話ではない気がする。
「…………」
「…………」
「てかなに二人とも固まっているのよ? 今日は引っ越しだけに豚骨ラーメンだからね!」
じゃなくてそれ、有理紗が自分で食べたいだろ!
……そんなことを思っていても、もはや口に出す気力も失せるほど大河は困惑していた。何か違う世界の生き物が自分の背後にいるような気がしていて、いや有理紗だって十分に美人なのは素直に認めるけど、そうじゃなくて自分と同じ年くらいの女子が……。
もっとも、てっきり今日から女性二人だけで生活するつもりでいた華音の方はと言うと、大河以上に困惑の色が隠しきれていない。もはやきつねうどんと豚骨ラーメンの区別さえもつかなくなっているようなのだが。
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