振り向かれない夕焼け
間もなく夕闇が迫る時刻。二人は商店街を抜けていき、青信号を待ってやや広めの道を横断すると、目の前には小さな橋が見えてくる。ここまで徒歩五分程度と言ったところか。至って平坦な道が続いていた。
「ほら。バス停近くのマンションが見えてきたぞ」
「なんだ。本当に近くだったんだね……」
半信半疑でもある彼の言葉を、ようやく少しだけ信じられる気がした。確かにこれなら本当にバスなど使う必要もない。彼女は僅かばかりほっとして、頭の中は再び暗闇の公園から温かいきつねうどんへと移り変わりつつある。きつねうどんに七味唐辛子は必須だよね。油揚げはほかほかしているだろうか。あのもちっとした感触がたまらないんだよね。徐々にきつねうどんに色が加わっていき、より具体性が増していったようだ。
だけどそれも束の間、彼女はふと不思議なことに気がつく。
「マンションって……どこ???」
確かに彼はさっき『見えてきた』とは言った。が、目の前にあるのは小さな民家ばかりで、彼が言うところのマンションと呼べそうなものはひとまず見当たらない。
「だからあそこだって。てかお前、どこ見てるんだ???」
ふと横にいる彼をもう一度確認する。彼の視線の先。向いている方……。
次に、彼の首の角度を確認した。自分の首が水平になっているのに対し、彼の首は明らかに上方を向いている。それは想像していた場所とは明確に異なっていて、自分が勘違いしていたことに気がついた。
「マンションって……あれ?」
「そう。あのマンションの真下辺りにそのバス停がある」
「…………」
彼と同じように、首を四十五度くらい、いやもう少し上方へ傾けただろうか。確かに近くではあるのだけど、もはや距離とかそういうレベルではない。彼女のきつねうどんはまたしてもモノトーンの画像へと入れ替わってしまっていた。
急勾配と言って差し支えない程度の坂道を半分程度登り終える頃には、背中にある夕焼けの景色も美しいものへと変わっていた。ただし今の彼女にそんな余裕は微塵もない。勾配だけでなく、坂道が想像以上に曲がりくねっていて、なかなか一番上までたどり着けなかった。さらには二つの重く大きな荷物が彼女の歩幅をより小さくさせている。すぐ隣を歩く彼は『持とうか』と言ってきているような気もするけど、それを無言で拒否してしまう。彼女は彼を信じ切ることができず、そのどちらか一方でも委ねることができなかったんだ。
二人は無言のまま坂道を登り続ける。複数の意味で重すぎる夕暮れだった。
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