ファーストインプレッション

 曲に懐かしさは覚えたのは勘違いだっただろうか。ちゃんと聞くとそれは聴いたことのない旋律だった。彼女は職業柄、音楽をよく聴く方ではあるけど、音楽の授業やテレビの中、彼女が携わる仕事の中でも、この曲は全く聴いたことがない。ともすればこの曲は、彼のオリジナルの曲ということなのだろう。


 この美しい音色に立ち止まる人は、自分以外に誰もいない。ハーモニカの前に集まっているのは、彼女だけだった。なぜ他に誰も興味を抱かないのだろう。もっとも彼は、周りに誰かがいようがいまいが、好き勝手に曲を吹いているだけにも感じられる。ストリートミュージシャンのように路上ライブでお金を稼ぎたいとか、そういうタイプにも見えなかった。そもそもアピールしたければ、もう少し目立った場所で吹けばいいのだ。だけど今彼が吹いている場所は、駅前広場の一番端っこ。人が集まる場所とは真逆の場所でもある。


「何か用か?」


 急にハーモニカの音が鳴り止み、細い男性の声が彼女を襲ってきた。

 華奢な体型からか、声に野太さはなく、男子にしてはやや高めの声。ただその中にも少し厚みが感じられて、落ち着いた雰囲気も感じられる。


「ううん、別に。ハーモニカ、上手いなって」


 彼女がそう答えた瞬間、彼は少しだけぴくりと反応した。もっともその微かな反応は、やや鈍感なきらいもある彼女には気づけるはずもない。そんな彼女ににこりと返すこともせず、彼は再びハーモニカを吹き始めた。まるで自分のことなんか全く興味なし。というより、他人に興味がないのだろうか。彼はまた自分の世界に入り込んでしまって、もうしばらく出てきそうもない。


 彼女は少しだけがっかりしていた。わたしみたいな女子高生にじっと見つめられていても、彼は何も感じないのか? ……なんて考えたら、自意識過剰とか傲慢とか思われてしまっても仕方ないけど、仮にもわたしは芸能事務所にも所属している人間だ。わたしって、女子としてそんなに魅力がないのかな。そうだとしたら少しだけ自信が失せてしまう。――職業柄それを悩んでしまうのはある意味仕方ないことかもしれない。

 確かに前の学校の女友達からは、少し顔立ちに子供っぽいところがあるとか、少なくとも彼氏はいなそうとか、今思い返してみても散々なことは言われていた。そんなことを言われても今まであまり気にしていなかったと言えばその通りだけど、本当はそれではだめなのかもしれない。


 きっとこの少年には、ちゃんとした彼女がいるんだろうな……。

 そんなことを考えていると、深い溜息が彼女を襲い掛かってきたんだ。


「ってなんなんだよ。人のハーモニカを聴いておいて溜息つくとか?」


 いきなり怒鳴られ、彼女は小動物のようにびくっと怯えてしまう。その溜息はちゃんとこの少年にも見られていたようだ。ハーモニカに集中していて、全く見ていないと彼女は判断していたのに、その判断は誤っていたらしい。


「あ、ごめん。今のは全く気にしなくていいから」

「気にするだろ。俺のハーモニカ、そんなに不快だったか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……」


 そもそも不快だと思っていたらすぐにこの場から立ち去っていたと思うのだけど、それを口に出すのはさすがに野暮だとも思った。ただハーモニカを吹いている側からすれば、聴いている目の前の人が急に溜息などついたらもちろん嫌な想いをするに違いない。彼女はそんなつもりではなかったのだけどと反省をして、ますます落ち込んでしまった。徐々に元気のかけらも失っていく。


「だから俺の前で泣きそうな顔するなよ! 俺が泣かせたみたいじゃねーか」

「だ、だから……そういうわけでもないのだけど……」

「だったら泣くな!!」


 その一喝のような大声に、彼女はますます泣き顔になっていった。ごめんなさいごめんなさいと思いながらますます元気を失うその様子は、もはや本末転倒としかいいようがない。ただし彼も悪い人ではなかったようで、どうにか彼女を元気づけさせようとしているらしかった。が、そんな彼の気持ちを察して、より一層泣き顔に近づいていく彼女。


 ただし彼の言うように、実際に泣いているわけではないのだけど。

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