第37話 人狼ゲーム㊲「明日の戦場」


 10月8日。午前9時。


 紅子たちを乗せたクルーザーは、伊豆の港に接岸した。


「ふー、帰ってきましたね。三日ぶりの本土ですよ」


「そうね。なんかずいぶん長いこと島にいた気がするわ」


 四日間の日程を終え、紅子たちは本土に帰って来たのだ。


「あー……マジでお腹すいた。すぐどっかのレストラン……コンビニでもいいから、とにかく朝食にするわよ」


 昨日の昼から何も食べていない紅子の腹の虫は鳴りっぱなしだ。


「おーい。みんな集合じゃー」


 六郎太が全員を集め、校長先生よろしく締めの挨拶を始めた。


「この数日間、皆よくやった。次期当主選定の試験はこれにて終了じゃ。結果は……。まあ、それについては儂の口から言うのはやめておこう。誰が勝った、誰が負けた、誰が優れていた……それはお前たちが一番良く分かっとるじゃろう」


 全員の意識が、最年少の少女に向けられる。


 六郎太の言うとおり、誰もが勝者を――――そよぎを認めていた。


「それでは解散じゃ。気をつけて帰れよ」


 五輪一族の御曹司とその付き人たちは三々五々、荷物を手にクルーザーを降りて行く。


 波止場に降り立ち、紅子はそよぎに声をかけた。


「ねえ、そよぎはどうやって帰るの?」


「バスで駅まで行って、その後電車で帰るよ」


 タクシーを使うなり迎えの車を呼ぶなり出来るだろうに、相変わらず謙虚な少女である。


「それなら、わたしの車に乗っていきなさいよ。家まで送ってあげるわ」


「いいの? ありがとう、お姉ちゃん」


 昨日まで、ありとあらゆる策略でお互いを陥れようとしていた紅子とそよぎが、今日は屈託なく笑いあっていた。


「くれぐれも安全運転で帰るんじゃぞ。人をひくなよ」


 六郎太が注意を促した。


「ひかないっての」


「先月ひいただろうが、貴様」


 王我が横から口を挟んできた。


「ああ、あのニュースでやってたやつね。紅子が車で人をはねて病院送りにしたって聞いて、爆笑したわ」


「ネットで叩かれまくってましたわね。いい気味でしたわ」


 紫凰と美雷が早速ディスりにくる。


「うるせーっての。そんな大昔のことをあげつらってんじゃないわよ。さっさと帰るわよ、そよぎ」


「あ、ちょっと待って」


 そよぎは美雷の前に進み出た。


「あの……美雷お姉ちゃん……」


「は? お姉ちゃん?」


「えっと。二日目に美雷お姉ちゃんに投票して、殺しちゃってごめんなさい」


 美雷は、ぱちくりと目を瞬かせる。


 やがて毒気の抜けたような声で言った。


「べつに。ゲームのことじゃないの。もう気にしてないわよ、そよぎ」


「ありがとう」


 そよぎは今度は王我の方に進み出た。


「……王我お兄ちゃん」


 王我は懐から銃を取り出し、そよぎの顔に目がけて引き金を引いた。


「危ないっ!」


 弾丸がそよぎの額に命中する直前、紅子がそれを掴んだ。


「何すんのよ王我!」


 エアガンのBB弾だが、当たっていれば普通に血が出る威力だった。


「そのガキがおぞましい言葉をほざきやがったからだ」


「だからっていきなり撃つなボケ!」


「何を言う。五輪一族オレたちにとって、これくらい挨拶代わりだろうが。そよぎ、貴様も一族だというなら文句はなかろう」


「え……えーっと……」


「あるに決まってんでしょ!」


「フン。それで、何の用だ」


「あ、あの。一日目に襲撃から守ってくれて、ありがとうございました」


 そよぎはぺこりと頭を下げた。


「……オレの貸しは高く付く。覚えておけ」


「はい」


 そして、そよぎと紅子は共に歩き出した。


「じゃあねー、あんたら! 次に会うときも、どうせ戦うことになるわ! せいぜい首を洗って待ってなさい!」


 最後にそう言って、紅子は愛車のポルシェへ乗り込んだ。


「イルカー! あんたも早く来なさいよー!」


「はーい!」


 イルカは荷物を抱えてクルーザーから降りてきたところだった。


 波止場に立ったイルカは一息ついて、傍らに立つ五輪一族の面々に改まって頭を下げた。


「それでは皆様。これにて失礼いたします」


「うむ。イルカ君も元気での」


「はい。この千堂イルカ、ほんの数日とはいえ五輪一族の方々と同じ食卓を囲み、同じ遊戯に興じられたことを大変嬉しく思っております」


「急にしおらしくなりましたわね、メイド。島ではあれほどふてぶてしかったくせに」


 紫凰が拍子抜けしたように言った。


「ははは。その節は色々と失礼いたしましたこと、お許しくださいませ。紫凰様、王我様、美雷様……天馬様。みなさまの今後増々のご健勝とご活躍を、お祈り申し上げます」


「……………………」


 イルカの慇懃な態度に、天馬は何かを言おうとして……だが結局、ふてくされたように目をそらした。


「それでは」


 そんな彼の横を、イルカはゆっくりと通りすぎる。


 その去り際に――――。


「……十円は、今度会った時に返してくださいね」


 イルカは小声でささやいた。


「えっ?」


 天馬が顔を上げた。


「え……それじゃ、コインを仕込んだのは紅子じゃなくて……千堂、お前が……? いつ……?」


「ふっふっふ」


 イルカは、唇に指を当て、意味ありげに笑う。


 そのしぐさを見て、天馬は目を見開き叫んだ。


「あ……、あーーーーーーーーー!!!」


 周囲の者が何事かと天馬に注目する。


 イルカは駆け出して、紅子の待つポルシェへと乗り込んだ。


「お、お、おまっ……お前! あ……あの時に……!!!」


 天馬は真っ赤になって震えだす。


「千堂ーーーーー!!! お前ぇーーーーー!!!」


「あっはっはっは! またねーーー! 天馬くーーーん!」


 走り出すポルシェの窓から、精一杯の声でイルカは叫び返した。






「ねえイルカ。あんたと天馬ってどういう関係なのよ?」


「おや、聞きたいですか? 話せば長くなりますが……」


「長くなるならいいや」


「うわあ」


 伊豆の朝日を浴びながら、紅子はポルシェを走らせる。


 国道沿いの牛丼屋で朝食を取り、空腹感が収まると、眠っていた闘争心が再び燃え始めた。


「そよぎ。帰ったら人狼ゲームやるわよ」


 紅子は助手席のそよぎに語りかける。


「え、また?」


「そうよ、リベンジよリベンジ。負けっぱなしなんて、わたしのプライドが許さないもの。紫凰にも王我にもそうしてきた。そよぎ、あんたが相手でも同じことよ」


「お姉ちゃん……」


「そよぎ。あんたはわたしの可愛い妹だった。それは今でも変わらない。けど同時に、今日からはわたしの目標……倒すべき宿敵にもなったわ」


「宿敵かぁ。いいね、うん」


「次にあんたと本気で戦うのはいつになるか分からないけど。その時こそは、わたしが勝つからね」


「うん、分かった。その時は、また勝負だね」


 そう言って頷いたそよぎの瞳には、紅子と同じ闘志の炎が宿っていた。


 後部座席のイルカが肩をすくめる。


「戦い、戦い、また戦いですか。つくづく難儀な性格ですね、お二人とも」


「それがわたしたちの生きがいなのよ」


 浮きたつように言って、紅子はポルシェのアクセルを踏み込んだ。


「さあて。次の戦いは、明日の戦場はどこかしら?」

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炎城寺紅子の炎上 ~リアル最強少女のネット最弱レスバトル~ 秋野レン @akinoren9

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