第36話 人狼ゲーム㊱「大戦終結」

「あーお腹すいたー!」


 ホコリまみれの布団に寝転がって、紅子はイルカに愚痴をこぼした。


 敗者の掟に従い、今夜の紅子に夕食は支給されていないのだ。


「なんか食うものないの、イルカ」


「残念ながら。ここでは朝夕二回、パンと飲み物が配られるだけなので。いやあ、ゲームの演出とはいえちょっと酷すぎますよね。ここまでしますか」


「わたしの分のパンを残しておこうとは思わなかったの!? 気が利かないわねえ!」


「そりゃ、わたしはお嬢様の勝利を信じていましたから。あなたが勝利していれば、今ごろ本館でご馳走をたらふく食べていたのだから、パンを残す必要などない。そうでしょう? なにか反論ありますか?」


「あーもう、そればっか!」


 イルカとレスバトルすることほど不毛なことはない。紅子は脱力し、蜘蛛の巣の張った天井を見つめた。


 空腹と退屈を紛らわすための、小唄が口をついて流れ出した。


「ポケットの中には ビスケットがひとつー ぱちんと叩くと ビスケットはふたつー そーんなふしぎな ポケットがほしいー……」


「おや、その歌。そこまではたどり着いていたのですね」


「まあね。あんたが処刑されて、別館行きになる直前、最後に言った言葉……『それでもせめて、ビスケットのひとつやふたつ』『あなたは頑張ってね、紅子』……」


 紅子がずっと気になっていた、イルカからのダイイングメッセージだ。


「あんたがわたしを『紅子』って呼んだのは小さい頃だけ。それと『ビスケット』。あんたが小さい頃に、この歌を好きだったのを思い出したのよ」


「はいはい。そのとおりです。気付いていただけたんですね」


「こんな単純な歌に、なにかヒントがあるのか……って考えて、まあ意味がありそうなのは『ポケット』かなって」


「凄い! 正直、お嬢様が気付く見込みは一割以下と思っていたのですがね」


「あんた、さっきわたしの勝利を信じてたって言わなかった?」


「言ってません。それで、そこまで気付いて、それからどうしたんです?」


「……わたしがこのことに気付いたのは、二日目が終わる頃だったわ。急いで自分の服のポケットを調べたけど、なにも出てこなかった。なら、他の誰かのポケットなんだろうって思って……その夜の襲撃は天馬とそよぎを残すことにしたのよ。紫凰の服にはポケットが付いてなかったからね」


「ええ。わたしも、今朝殺されたのが紫凰様だったことで希望が見えたと思ったんですよ」


「で、今日。そよぎか天馬のポケットに、何かが入っているかもしれない。それが何なのか、まったく分からなかったけど……とにかく、それに賭けて二人のポケットを公開させたの。そしたら天馬のポケットから十円玉が出てきたんだもん、ビビったわよ」


「そうでしょう、そうでしょう。わたしが・・・・仕込んでおいたんですよ。ふっふっふ」


「んで、そこからはもうアドリブよ。必死で天馬を『人狼』だってまくし立てたわけ」


「パーフェクトですね。何もかもわたしのシナリオ通りですよ」


「……けど、結局そよぎには見破られたわ」


「ですねえ……」


 二人はがくりと肩を落とす。


「なんでバレたんですかねぇ。わたしの財布に入ってたコインを使ったのがいけなかったんでしょうか? 少々危険を冒してでも、お嬢様と接触して本物を使うべきだったのか……」


「無理よ。十円玉ゲームで使った本物のコインは、わたしがすぐトイレに流しちゃったからね」


「うーん。でも二日前に一瞬見ただけのコインと、見分けなんか付くはずが……」


「分かんないわよ。あの時のそよぎは、なんかヤバかったもん。マインドパレス? とかいう必殺技なんだって」


「マインドパレスねえ。海外ドラマで見たことはありますが、まさか現実に存在したとは。瞬間記憶能力……フォトグラフィックメモリー……そんなやつですかね……?」


「なによそれ」


「まあ、つまり。そよぎ様もお嬢様たちと同類の、キチガイじみた天才だってことですよ」


「そんなこと、とっくに知ってったっての」


 紅子にとって、今回の勝負で最愛の妹分の実力が認められたことは、まあ、嬉しい。だからといって、己の敗北と今の空腹を喜べるはずもない。


 紅子はふてくされ、もう寝てしまおうと目を閉じる。


 ……が、その前に、あと一つ気になることがあった。


「ねえイルカ。あんたはどうやって天馬に気付かれずに、ポケットにコインを仕込んだのよ? そんなのわたしでも無理なのに、なんであんたに出来るのよ?」


「んー……。そこは、まあ……企業秘密としておきましょう」


「……?」


 てっきりドヤ顔で解説してくると思っていたが、イルカは曖昧に言葉を濁すのだった。




◆――――◆――――◆




 別館の老朽化したテラスに、王我、紫凰、美雷は集められていた。


 三人が囲んでいるテーブルの上には、本館からケータリングされてきた豪勢な食事が並んでいる。


「……なんだこれは」


 王我が、憮然として聞いた。


「本館で饗されている夕食の詰め合わせです」


 食事を運んできた小田桐が答えた。


「え! 食べていいんですの!?」


 紫凰は既に涎を垂らしていた。


「はい。最終的に勝ったのは村人チームですから、王我様、紫凰様、美雷様には祝宴に参加する権利はあると、そよぎ様が主張されたので」


「そよぎったら気が利くじゃない! さすがあたしと同じ常識人ね!」


 などと言う美雷だが、仮に彼女が生き残っていても、脱落者に飯を届けてやろうとは露ほども考えなかっただろう。


「おほーー! お肉! お肉が食べられますわーーー!」


 早速、紫凰が極上のシャトーブリアンに手を伸ばす。


 だが王我が激怒して叫んだ。


「ふざけるな! こんなもの受け取れるか! 全部突き返せ!」


「はあ? なに言ってますの、このバカ殿は」


「貴様らは分からんのか! あのガキは、もう当主気取りでオレたちを取り込もうとしておるのだ! こんな飯でオレの機嫌取りをしようなど、舐められたものだな!」


「いえ、あの……そよぎ様は、決してそのような……」


「あいつに伝えろ! 今はせいぜいチヤホヤされているがいい! だがオレは貴様など決して認めんとな!」


「はっ。結局、それがアンタの本音じゃない。そよぎの才能が怖いから、五輪一族から排除しようとしてたのね。そのくせ同じチームなったら途端にそよぎを頼ろうとするんだから……ほんとセコい男ね」


「え、そうですの?」


「こいつが初日にそよぎをガードしたのは、つまりそういう理由なんでしょ。あの子が推理を始めた時も、妙に素直に聞いてたし。今思い出してみれば見え見えね」


「黙れ! あいつを頼ってなどおらんわ!」


 王我は顔を真っ赤にして叫び続ける。


 紫凰と美雷はもう取り合わず、ケータリングを貪るのだった。

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