洗濯日和

雨世界

1 ねえ、結婚しようよ。(それがあなたの私へのプロポーズの言葉だった)

 洗濯日和


 登場人物


 東屋一花 奥さん 時雨と離婚している。


 小波時雨 旦那さん 一花と離婚している。


 プロローグ


 ……幸せだね。


 本編


 ねえ、結婚しようよ。(それがあなたの私へのプロポーズの言葉だった)


 結婚生活

 

 ずっと前から思っていたことがあった。あなたにずっと伝えたかった思いがあった。大切な言葉があった。

 いまそれは、私の中から悲しいことに消えちゃったけど……。


 東屋一花は今日は久しぶりに天気がすごくいいから、思い切って溜め込んでいた洗濯物を、あるいはそれ以外にもいろんなものを全部いっぺんに、洗濯してしまおうと思った。

 集めてみると思っている以上に洗濯物はたくさんあった。


「よし、やるか」

 そう言って気合を入れた一花は洗濯を始めた。

 たくさんの洗濯物を入るだけ洗濯機に入れて、洗剤を入れてスイッチを押して洗濯を始めた。

 ぐるぐると、一花の見ている前で洗濯機が洗濯物を洗い始める。


 その様子を一花はしばらくの間、なにをするわけでもなくてただぼんやりと見つめていた。


 一花はキッチンで料理を始めた。

 とんとんと包丁を使ってまな板の上で野菜を切っていく、手際のいい料理をする音が聞こえてくる。

 ……昔、こうやってよくお母さんが料理を作ってくれたっけ。

 そんなことを思い出して一花は一人で小さく笑った。


 献立は野菜たっぷりのクリームシチュー(それは一花の一番自信のある得意料理だった)と味噌汁を作った。

 コーヒーを淹れて、料理をテーブルの上に並べていると、洗濯機が音を立てて、洗濯物が終わったことを一花に告げる。


 一花は洗濯物を洗濯機から出して大きなカゴに入れてベランダに出る。


 ベランダに出ると本当に気持ちのいい春の風が世界には吹いていた。


 青色の空を見ながら一花は、……このままどこか遠くに行っちゃおうかな? とそんなことを少しだけ思った。


 一花は洗濯物を干してから、部屋の中に戻った。


 そこで手を洗ってから、「じゃあ、いたたきます」と言って、自分で作ったお昼ご飯を一人で椅子に座って食べ始めた。


 久々に作ったのだけど、クリームシチューは本当に美味しく作ることができた。(自分一人で食べるのがもったいないくらいだと思った)


「ごちそうさまでした」と言って、食事が終わって、空っぽになった食器を洗っていると、なんだかすごく悲しくなって一花は一人でキッチンのところで泣き始めた。


 泣きながら、……私なんで泣いているんだろう?


 と、そんなことを一花は思った。


 ……いけない。いけない。こんなんじゃいけない。


「よし」ともう一度気合を入れ直した一花は、今度は部屋の掃除をすることにした。


 窓を全開に開けて、風を感じながら一花は部屋の床に掃除機をかける。


 そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎて時刻は四時になった。一花は雑巾を絞って、掃除をしている手を少しだけ止めて、じっと時計の時刻を指す針を見つめた。


 一花は空いている窓を見る。

 そこからは、気持ちのいい風が吹いていくる。さっき干した洗濯物がその風にゆらゆらと楽しそうに揺れていた。


 すごく楽しそう。あっちに行こうかな?


 そんなことを一花は思う。


 雑巾を水色のバケツの淵にかけてから、一花は立ち上がるとぱたぱたと言うスリッパの歩く音を立てながら、窓のほうにゆっくりと歩いていく。


 そのとき、じりじりじりー、と電話が鳴った。

 それは運命の電話だった。


 足を止めた一花はじっと電話を見つめた。

 その電話にでるかどうか、……一花はすごく迷っていた。


 でも、一花は電話に出ることにした。

 電話の前まで歩いていくのがすごく怖かった。受話器を持つ手が震えていたのが自分でもわかった。

 

「……はい、もしもし。東屋です」と受話器越しに一花は言った。

 すると向こう側から、とても懐かしい人の自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 その声を聞いて、一花の心は確かに一度、小さく震えた。


 電話のあとで一花は洗濯物を取り込んで窓を閉めて、一人でゆっくりと時間をかけて洗濯物を一枚一枚綺麗にたたんでいった。


 その間、一花はずっと笑顔だった。


 エピローグ


 ただいまと君が言った。


 洗濯日和 終わり

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