第16話 それぞれの憤り
……自分が、無茶で無謀なことをしているのはよく、分かっている。
心臓の動悸が激しくなる。息が煙で苦しく、思わず咳き込みそうになる。だが、私はイヴァンの無事を祈る一心で、それに耐え、病室の前まで、なんとか移動することができた。
イヴァンの部屋のドアは開いていた。私は細心の注意を払いながら、部屋の中を窺い見る。すると、ひとりの覆面姿の男がベッドに腰掛けたイヴァンに銃を突きつけつつ、彼と会話を交わしているのが目に入った。
……銃口を向けられ、手を後ろに回したイヴァンの顔は青ざめていたが、口ぶりはいつものように、しっかりしていた。
「あんたも、よくもまあ、たったひとりでこんなところに来るとは物好きだな」
「イヴァン・ドヴォルグ、安心しろ。お前の命が目的ではない。お前が証人を務めた裁判の差し戻しが俺の目的だ。そのために、お前にはしばらく人質になってもらう」
するとイヴァンは大きく溜息をつきながら答える。いかにも皮肉な、といった口ぶりで。
「それは無理だな。軍事法廷の判決は、俺ひとりの命くらいで覆るものじゃない。無駄なことをして、ご苦労様なことだ」
「……そのときはお前を殺すだけのことだ」
「そうか」
イヴァンは怯えることもなく、こともなげに応じる。彼の良く通る声が、廊下にいる私の耳にもはっきりと届く。
「たとえ、俺の命を取ったところで、歴史の事実は変わらんぞ」
「事実はどうでも良い。……俺は憤っているんだ。祖国に不利益を与えた、お前のやり方にな」
「それを言うなら、俺も怒っている。俺をだまくらかし妻子を殺した国のやり方に」
そこまで一気に言葉を吐くと、イヴァンは一呼吸置いて、静かに男に質した。
「……お前には大切な人間はいないのか」
「いたさ。だが、国のために戦死した。それがお前のせいで台無しだ……お前の行為は、戦死者を無駄死させたのも同じなんだよ」
暫しの沈黙が病室を支配する。聞こえてくるのは、廊下で火が爆ぜる音と、夜の静寂を縫って聞こえてくる園庭の木がざわっ、と揺れる音のみだ。……それと、私の心臓の鼓動。
やがてイヴァンがぽつり、と言った。
「……平行線だな、どうやらお前とは分かり合えそうにない」
「同意だ。残念だ、イヴァン・ドヴォルグ」
男はそう言うと、すっ、と銃口をイヴァンの頭に向かって構え直す。
「やっぱり俺を殺すのか。最初からそれが目的だったんだろう」
イヴァンは厳しい面持ちで、男に顔を向けた。それに対し、男はイヴァンにゆっくりと問う。
「命が惜しいか、ドヴォルグ」
すると、イヴァンはうっすら口に笑みを浮かべながらも、心底、寂しそうに、こう言った。
「そりゃあ……惜しいさ。俺には大切な人が、まだ、いるからな」
……それを見聞きしたときが、張り詰めた私の心の限界だった。
「……イヴァン……!」
気が付いたとき、私は彼の名を叫びながら、レーザー銃の引金を引き、男の背中に向けて銃を撃っていた。
白い部屋に白い閃光が弾け飛ぶ。だが、私の放った閃光は、男の肩を掠めたものの、致命傷にはならなかった。男が肩を押さえながら私の方へ振り向く。そして、私を認めるや、銃口をイヴァンの頭から私の胸に移動させ、引金に手を掛けた。
私がそこにいることに気づいたイヴァンが、鋭く叫ぶ。
「……スノウ! 逃げろ!」
だが、震える私の身体はもはや、そう容易に動きようがない。
……これまでだ……。
私はそう思って、目を瞑った。
……銃声が響き渡った。ガラスが割れる派手な音と共に。
数秒の間を置き、私はおそるおそる目を開ける。
すると目に入ったのは、背中の真ん中から血を流して床に倒れている男と、呆然としながらも安堵の表情を浮かべたイヴァンの顔……そして、粉々に割れた窓ガラスの向こうに見えたのは、園庭のポプラの木の幹によじ登り、銃口をこちらに向けたまま夜風に吹かれている、ハーバルの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます