Ⅲ 門出 ースノウとイヴァンー

第14話 暫しの別れ

 病院の窓の外では、園庭に植えられたポプラの木が、夕陽に照らされて、夏の風に揺れている。ガラス窓を通して室内に差す陽のひかりのなか、ベッドに横たわったイヴァンは、私に向かって微笑みながら、言った。


「心配性だな、スノウは」


 彼はそう笑って見せる。なんでも、イヴァンの機械である頭部の右半分は、そろそろ、メンテナンスの時期に当たるのだという。だけど、イヴァンがこうして病院のベットに横たわっていると、私はどうしても、あの旅の途中、麻薬商人の襲撃によって痛々しくも傷つけられた姿を思い出してしまう。

 だが、イヴァンは私のそんな心中を見透かすように、もう一回、笑って見せた。


「大丈夫だ、スノウ。この入院が終わったら、いよいよ結婚式だ。君の素敵なウエディングドレス姿を夢見て、ちょっくら、一休みにすることにするよ」


 イヴァンはそう言うと、横たわった姿勢のまま、私の頬を引き寄せてキスをした。つられて私も彼の頬にキスをする。私とイヴァンの視線が至近距離で交差する。すると、あの綺麗な薄いブルーの左目が、やさしく光った。私はその光から、なんともいえぬ安心感を得て、思わず微笑んでしまう。それを見てイヴァンが言った。


「俺が入院している間も、その調子で微笑んでいてくれよ。君は笑ってるときが一番綺麗だ」


「イヴァン……」


 イヴァンの入院はたかが1週間。だが、私は彼の優しさに触れれば触れるほどに、ほんの一時でも離れているのが寂しくて仕方が無くなる。しかしながら、面会時間もそろそろ終了の時刻だ。時計を見上げたイヴァンが思い出したように言う。


「そうだ、スノウ、俺の杖を持って帰ってくれるか? そんな物騒なもの、ここでは使わないだろうから」


 私はイヴァンに向かって頷くと、イヴァンの杖を折りたたんでハンドバックに入れ、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、私、帰るわね。イヴァン……良い夢を」


「ありがとう……それじゃあ、おやすみ。スノウ……」


 名残惜しい気持ちを堪えて病室の外に出る私に向かって、イヴァンは不自由な腕をゆっくりと挙げて、ひらひらと手を振って見せた。


 夕方の病院のロビーはごった返していた。私のような見舞客、診療を受けに来た人、入院患者、交代の時間を控えバックヤードを出入りするスタッフ。さまざまな人が往来している。私はその人波を縫って歩きながら、イヴァンの居ない1週間をどう過ごすべきか思案しつつ出口へと向かっていた。


 そして、まさに、病院のロビーを出ようとしたときのことだ。

 上階から吹き荒れる、激しい爆風が私の身体を襲った。


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