第13話 ジェシカの独白

「これが彼から届いた手紙の全てです」


 ジェシカの囁くような小声に、ハーバルは頷いて、その手紙の束を受け取った。キ-スの几帳面な文字が綴られた文面は、ところどころが折れ、何カ所にはなにかが滲んだ跡がある。ハーバルはすぐにそれを、彼女の涙の痕跡だろうと悟ったが、特に言及はしなかった。ただ黙って重要書類を綴じ込んだファイルに、それを丁寧な手つきでしまい込んだ。


「裁判資料のご提供に、ご協力頂けたこと、心より感謝します」


 ハーバルは穏やかな口調でそうジェシカに告げると、一礼し、応接間のソファーから立ち上がり、その場を去ろうとした。が、その動きをジェシカの言葉が止めた。


「彼……いえ、キースは罪に問われるのでしょうか」


「それは私の口からははっきりと申し上げられませんが……あなたも疎開船撃墜事件の報道は存じておられるでしょう」


 ジェシカは伏し目がちに俯いたまま、呟く。


「ええ。彼が事件の実行犯であると、どこのメディアも報じていますね」


「裁判の進展はこれからです。よって判決もどうなるかはまだ分かりませんが、それがもし事実だとしたら、キース・レイガンは被疑者死亡のまま送検……となる、かもしれませんな」


 ハーバルはゆっくりとジェシカの方に向き直った。


「もし、そうなったとしたら、あなたは、不服ですか?」


「いいえ」


 ジェシカは間髪入れずにハーバルの問いに答えた。相変わらずの小さな声ながら、はっきりとした響きを持って。


「罪は罪です。それも、大勢の子どもたちを殺すという大罪を、彼は犯しました。どんなに私が彼を愛しているとは言え、それが裁かれない方が不正義だということくらい、私はわかっているつもりです」


 応接間の窓から差し込む白い陽の光のなかに、ジェシカの俯いた影が落ちる。ハーバルはその影越しに、彼女の落ち着いた物腰を見て取って、静かに頷く。だが、ジェシカの次の言葉を耳にして、僅かに眉をひそめた。


「……私も罪に問われるのでしょうか」


「なぜ? あなたはキース・レイガンの恋人だった。それだけのことです。それは、何の罪でもありませんよ」


「それは分かっています。ただ、思うんです。私は戦時中、従軍看護婦として瀕死だったキースの命を助けました。それが彼との出会いだったわけですが……こうなってみると思うんです。もし、あそこで私が、彼の命を救うことをせず、彼を生かしておきさえしなかったら、あのような重大な戦争犯罪は起こらずに済んだのかも……って」


 ジェシカの独り言のような、淡々とした台詞を受け、ハーバルは静かな声で答えた。


「そのときは、彼の代わりの誰かが、彼の代わりを務めて、疎開船を撃墜したでしょう。それも、それだけのことです」


 部屋に沈黙の陰が落ちる。

 やがて、口を開いたジェシカの声音は、前よりもしっかりとしたものだった。


「そうね……やはり、私は、キースをあの時助けたことを、後悔はしないでしょう。生涯において、誰になんと言われようと、ずっと、私は愛した人の命を救ったことを誇りにするでしょう……」


 そして、寂しげな笑みをジェシカは顔に浮かべつつ、言った。


「そして、キースを愛したことをも……」




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