第3話 死んでいれば良かった
あの日から俺はスノウに、なるべくニュースやら電子新聞やらを見ないように命じてはいたが、それでも最初の報道を目に焼き付けてしまった彼女の痛々しい様子は、俺の胸にきつく刺さっていた。
そして、悪いことに、俺の態度にそれが出てしまったらしく、スノウについての一連の報道が収まる様子がないことも、知らず知らずのうちに彼女に漏れてしまっていたらしい。
今日も、法廷から帰って来る俺を迎えるスノウの笑顔は、どこか虚ろだった。よくよく見れば、目の下が痛々しいほどに赤い。
俺は、あの旅の途中、俺が何か厄介な事件に巻き込まれるたびに、泣きはらしていたスノウを思い出した。あれから彼女は強くなった、めそめそとすることはなくなった、と根拠もなく俺はどこか思っていたが、考えてみれば彼女は、まだ21歳で、大人の階段を上りだしたばかりであったし、何より、自分が忌み嫌う過去を今になって世間に暴かれたとなっては、動揺しないほうが不思議なのである。
「スノウ……」
俺はそれ以上の言葉もなく、彼女をただいつものように、抱き寄せようとした。だが彼女は身体を硬くして、小刻みに肩を震わせ、俺の抱擁を拒んだ。
「やめて、イヴァン」
「どうしてだ」
俺は構わずもう一回、彼女の肩に手を回した。
彼女を慰めたいという想いもあったが、何より俺自身が、スノウの熱を感じなければ、毎日の
「私……怖いの。あの日から考えるたび、考えるたび、自分があなたにはふさわしくないって、想いに、陥ってしまって……もう忘れたと思ったのに。そう考えていたら……いたら……」
彼女は震える声音で、それまでの悲嘆を一気に吐き出すように、言葉を発した。
「私、やっぱり、そもそもは……あのとき、あの防空壕の中で殺されていた方が、死んでいた方が、よかったんじゃないか、って…」
「スノウ……!」
「そうすれば、こうして、あなたに迷惑掛けることも無かったと思うと……」
(死んでいれば良かった)
俺はスノウのその言葉に思わず叫んだ。
「馬鹿なことを言うな……!俺は、そんなふうに君を思ったことはない…・…!それに、君が生きてくれてるから……俺は」
(今こうして、生きていられるんだ)
だが、その言葉は空に舞って、スノウに届けられなかった。彼女が膝を折って床に崩れ、力無く嗚咽しはじめたからだ。
そのときの俺はどうスノウに声を掛ければ、傷つけずに済むのか分からなかった。とりあえず、スノウを抱き起こし、リビングのソファーに横たわらせる。それでもまだ、彼女の虚ろな瞳から涙は止まらない。
……俺は、こわばる彼女の掌を固く握って、頬に溢れる涙を拭ってやることしかできず、ただ、彼女の心の傷の深さに対する、自分の無力さを思い知るのみだった。
だが、同時に、いま彼女を守ってやることができるのは、この俺だけなのだ。
それが分からぬほど、俺は馬鹿ではない。
……いや、馬鹿ではないと思いたい。
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