第2話 スキャンダル

 その日、法廷に出廷した俺は、車から降りるや否や、わっと大勢のマスコミに囲まれた。囲まれるのは、最早慣れっこになってた俺だったが、彼らが口々にスノウの名を口にしなながら、俺に迫ってくる様子は、予測していたこととはいえ、心底ぞっとせざるを得なかった。


「ドヴォルグさん、スノウさんの過去についてコメントを!!」


「スノウさんとは結婚を前提にしたお付き合いをなさっているのですか?」


「スノウさんの過去はご存じだったのですか?」


 警備の兵士が彼らを蹴散らさそうと試みるが、ちょっとした騒動と化した法廷前は混乱の極みでそれもうまくいかない。押し寄せるマイクとカメラのフラッシュのなか、俺も身動きがとれない。

 俺はたまらず叫んだ。


「やかましい!!俺にとって、スノウは、スノウだ!!」


 その怒号に、一瞬、辺りを静寂が支配する。だが、次の瞬間には、さらに大きな喧噪がわぁっと俺の周りで渦巻く。そこで警備の兵士がようやく玄関への道筋を確保し、俺をそのなかに送り出さねば、俺は憤慨のあまり、杖で身近な記者から片っ端に殴りつけていたに違いない。俺は、久々に制御の効かない怒りを味わされたのだ。

 それも、ほかでもない、スノウのことによって。



「良く耐えたな、ドヴォルグ。あそこで乱闘でも起こされたら、参考人としての立場も危うくなるところだったぞ」


 その日の昼休憩、朝の騒動以来、むっつりとしたままの俺の様子を見に来た検察官のハーバルは、開口一番そう言った。彼は、俺とスノウを直にあの雪の中から助けだした張本人だ。それから俺ののような立場で、俺たちの生活全般をサポートしている。


「……俺の短気さをよく知ってるな」


「もう2年も付き合ってりゃ、君の性格などお見通しだ。それに、君の素性についての資料など、その前々から見飽きるほど、私は手にしている」


 ハーバルはコーヒーをすすりながらこともなげに応えた。俺は彼のその態度が気に入らず、眉をひそめ、無言で突っぱねることにする。

 だが、それを無視してハーバルは会話を続行させた。それも重大な事柄の。


「それより、問題は、君の彼女の情報を、どこから誰が入手したかということだな」


「スノウの過去のことか……?」


「ああ。念のため言っておくが、私たちが情報漏洩リークしたということはないぞ。そんなことしても法廷には何の益も無い」


「そのくらいは俺だって分かる」


 俺は昼食のハンバーガーの空き箱を屑籠に放り込みながら声を荒げた。いま、この瞬間も、このことで心を痛め、震えて居るであろうスノウのことを思うと、痛々しくて、腹が立って、仕方が無い。


「おそらく、どこかの三流記者ゴシップライターが、彼女の故郷をハイエナのようにうろつき回って情報を集め、新聞社に売り込んだのだろう。しかしあそこまで詳細な記事となると、どれだけ金と手間がかかったやら。見上げた執念だ。執拗な悪意さえ感じるな」


 ハーバルは空になったコーヒーカップを掌の上でくるりと回しながら、そう語を継いだ。


「執拗な悪意か……」


 俺はハーバルの最後の言葉に、ぞくっとして、思わず天井を見上げた。それは、自分の命を狙われたときでさえ感じたことのない悪寒だった。


 そして、その震えは俺の心中から暫く離れることはなかったのである。


 なぜなら、スノウについての報道スキャンダルは、その日1日で止ることなく、決壊した堤防から溢れ出る濁流の如く、連日にわたり、世間に広まることとなったからである。

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