40話 遅すぎる顔合わせ

 それから数日が経ち、狗里くり突入決行日。


 大護だいごから本日は正午に作戦会議があるだけで、それまで休養するようにとのお達しが出る。


 時刻は早朝8時。

 修行が無いからといって、特に何かすることもない信也しんやは屋敷内を散策していた。

 

 「ここは“異界”らしいが、

 一応、昼と夜の概念はあるのか…」


 信也しんやが異界の仕組みについていろいろと考察していると、黒髪の青年が廊下をほうきいていた。


「おはようございます!朝水あさみさん」


「あれ、信也しんやさん。おはようございます」


郡山家こおりやまけの御当主様が率先して掃除なんて、偉いですね」

 信也しんやは茶化し半分、尊敬半分で朝水あさみに声を掛ける。


 特に嫌な顔をするわけでもなく、爽やかな笑顔で朝水あさみは返答する。

「いやいや私なんてまだまだですよ。それにここでは本来の肩書きなんて有って無いようなものですから 」


「そう言えば、朝水あさみさんと親父ってそもそもどういう繋がりなんです?」


 信也しんやは話をはぐらかされると駄目元で訊いてみたが、意外にもあっさりと朝水あさみは説明してくれた。

信也しんやさんが思ってるほど、大した話でもないですよ」


「時代と共に御三家の力も衰えてきました。郡山家こおりやまけも廃れ、当主となっても暇を持て余しているだけでした。そんな折に大護だいごさんに声を掛けられて、何となく暇潰しでボーダレスに所属するようになったんです」


「そんな軽いノリで当主がフラフラしてていいのかよ」


「もともと父上が適当なお方ですから。郡山家は本来、長子が20歳を迎えた時点で当主になるのですが、父上はその掟を無視して兄さんを勘当かんどうするは、当時14歳だった私を当主に据えるはで無茶苦茶してましたから…」


「よくよく考えれば、朝水あさみさんは九尾討伐の時には、親父のこと…ボーダレスのことを隠して参加してたんですよね?」


 …少し間が空き朝水あさみはバツが悪そうに答える。 

「あはは…そうですね。バレてたら完全に機関を敵に回してたと思います」


「そういえば、信也しんやさん。まだ、他のメンバーと顔合わせをしてないんじゃないですか。軽く紹介しましょうか?」


「ホントですか。それは助かります。しょっぱないろいろと揉めたせいで、挨拶するタイミングを逃してたんですよ」

 信也しんやがボーダレスで過ごすようになって数日は経とうとしているのに、大護だいご朝水あさみ以外のメンバーの名前すら知らなかった。


 朝水あさみに連れられ、信也しんやは長い廊下を歩く。


 左右には白を基調としたアンティークドアがずらりと並んでいて、レッドカーペットが廊下の突き当りまで伸びていた。


 朝水あさみは数あるドアの中の一つを前に足を止め扉をノックする。

「おはようございます。朝水あさみです。差し支えなければお時間宜しいですか?」


 朝水あさみが丁寧な口調で声を掛けると、扉がゆっくりと開いた。 

 扉の向こうには銀の短髪に青いパーカーを被った青年が立っていた。


 端正な顔立ちからは、パーカーでは隠しきれない爽やかさがあふれでている。


朝水あさみさん、おはようございます。…あれ、君は?」

 パーカーの青年は信也しんやに気づくと自己紹介を始めた。


「そう言えば挨拶がまだだったね。強襲班、副班長 の冴木さえきりょうです。飛子とびこがいつもお世話になってます」 


 「飛子とびこって、あの赤毛の女の子のこと?別にお世話はしてないですけど。…っとオレは生司馬いくしま信也しんやです。こちらこそ親父がお世話になってます。強襲班って…やっぱりボーダレスって交戦を前提とした組織なんですね」



「はは、確かに物騒な組織であることは否定しないよ。ボーダレスは十数名の小さい組織だけど、一応、能力に合わせて班分けされてるんだ」

 冴木さえきは短い銀髪を掻きながら苦笑する。


 ある程度会話をしたとろで、朝水あさみが区切りをつけ次のメンバーの部屋へと向う。


 次の部屋の前に着くと、先ほど同様に朝水あさみがノックをしようと腕を伸ばした。


 すると突然、扉が勢いよく開き何者かが跳び出してきた。朝水あさみさんは即座に横に跳び、軽やかに何者かの先制攻撃をかわす。


 その背後にいた信也しんやの腹に飛び蹴りがクリーンヒットする。

「やはりお前だったか。この変態め!また寝込みを襲おうったって、そうはいかないんだから」


 最早、お馴染みの展開になりつつある。

 半袖にデニムのショートパンツの赤毛の少女は、倒れた信也しんやの上に馬乗りになり、頬を殴り付ける。


「この子は木山きやま 飛子とびこさんです。ボーダレスでは、一番若い活発な女の子だよ」


 信也しんやが殴られ続けているにも関わらず朝水あさみは笑顔で紹介を続けた。


「ぐぉ!…ちょ。待てって!ちょ…」

 信也しんやの悲痛の叫びも空しく飛子とびこの気の済むまで殴られ続けた。

 結局、互いに自己紹介を終える前に飛子とびこは部屋へと戻っていった。


朝水あさみさんヒドイじゃないですか…」

 信也しんやは殴られて腫れ上がっている頬を抑えながら、うらめしそうに朝水あさみを見やる。


「まあまあ。飛子とびこさんの純潔を奪った代償にしては安いものじゃないですか」


「いやいや奪ってませんから」

 飛子とびこの寝込みを襲ったとの噂が広まっている事もあり、信也しんやは基本的にボーダレスのメンバーから避けられていた。その事も相まって顔合わせが遅れていた。


「後のメンバーは出払ってるみたいだね。お昼には任務の作戦会議をするみたいですから、それまでには参加者は帰ってくると思います。私も用事があるからここら辺で…」


「わかりました。お忙しいのにありがとうございました」

 朝水あさみに挨拶をして、信也しんやは自分の部屋へと戻った。

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ボーダレス 那須儒一 @jyunasu

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