39話 人ならざる者

 他のボーダレスのメンバーが赤毛の少女を取り押さえその場は事なきを得たが、未だに少女の怒りの炎は燃え続けている。


 昨日、会合が開かれた大広間に集まり、各自、朝食を済ませた。


 かなめは今朝の出来事もあり、信也しんやを避け続けている。信也しんやが大広間に入った途端に食事を切り上げ、朝水あさみと部屋を出ていった。


 信也しんやからすればかなめが勝手に妻を名乗っているだけであるが、信也しんやは避けられていることに、どことなく寂しさを感じていた。 


 信也しんやは頭を振り気持ちを切り替える。先ずは自身の正体を確かめるべく大護だいごの部屋へと向かう。


 屋敷の大きさは、信也しんやの通っていたS高校よりも大きい。三階建てで一部屋だけ屋根裏部屋があり、そこが大護だいごの書斎となっていた。


「ここかな」

 信也しんやが三階まで上がると屋根裏部屋へと伸びる梯子を見付けた。


 そのまま屋根裏部屋に上がると、ただ広い室内の壁一面に書籍が丁寧に並べられていた。


 大護だいご信也しんやが来ることが分かってたようで、コーヒーとビスケットを用意して、椅子に腰掛け待っていた。


「さっきは大変だったね」

 大護だいごはニヤケた顔で、今朝の件を茶化す。


 信也しんや大護だいごのペースに乗るまいと、苛つく気持ちを抑え適本題に入る。


「時間が無いんだろ?さっさとオレの正体を教えろ」


「相変わらずせっかちだね。信也しんやが19年間も抱えてきた謎だよ。少しぐらい勿体ぶらせてくれないかい」


「い・い・か・ら、早く教えろ!」


「わかったよ。信也しんや、端的に言うと君の正体は干渉力かんしょうりょくの塊だ」


「…?」

 大護だいごの言葉を飲み込めなかった信也しんやは首を傾げる。


信也しんや、君は干渉力かんしょうりょくで造られた生き物なんだよ。およそ人と呼べるのかも怪しい存在だ」


 大護だいごの放った言葉が理解できずに、信也しんやは脳内で反芻はんすうする。大護だいごはそんなことお構いなしといった様子で話を続けた。


「君の母親の名前は犬神いぬがみ 由香ゆか。今では、記録から消された人間だ。彼女が子を成せない体だった為、私と一緒に干渉力かんしょうりょくを用いて信也しんやを生み出した」


 信也しんやは聞き覚えのある内容から理解しようと必死に頭を働かせる。


「母さんの名前は犬神いぬがみ…?あの巫女姿の子と同じ名字だな。だったら母さんは…」


「そうだお察しの通り、由香ゆか19亡くなったよ」


 信也しんやは自分が人間じゃないと知ってもさほど驚きはしなかった。九尾に貫かれたときに自身が人で無いことをなんとなく察していたからだ。


 しかし、多少は動揺していたのだろう。だから母親の死亡時期に疑問は持たなかった。


「ちなみに信也しんやに“命のくさび”を打ち込んだのは由香ゆかだよ。楔の名を神衣かむいという。人が神に成る為のころもさ」


「…命のくさび神衣かむい?何だよそれ!」

 今まで母親のことすら知らされてなかった。怒りや哀しみ、不安、いろんなな感情がごちゃ混ぜになり信也しんや大護だいごに掴みかかる。


 大護だいごは胸ぐらを掴まれても尚、淡々と説明を続けた。

「命のくさび干渉者かんしょうしゃが自身の存在そのものをくさびに代え、対象に打ち込むもの」


神衣かむいは他の干渉を遠ざける為のもの。その身を護り。気配を消し。干渉力かんしょうりょくを抑制する。信也しんやと周囲を護る為に由香ゆかは命をした」


「くそっ!」

 大護だいごに突っ掛かっても何かが変わるわけではない。それが分からない程、信也しんやは子どもではなかった。できる限り冷静に努めようと大護だいごの胸ぐらから手を離す。


 信也しんやは呼吸を整え大護だいごを見据える。


信也しんや、君も薄々感じているように神衣かむいの力が弱まってきている。飛子とびこじゃれていた時、神衣かむいが機能してたら回避できたはずだろう?」


「確かに自宅で銃撃さたれた時も、めちゃくちゃ痛かった。あれは神衣かむいとやらが弱まってたことが原因だったんだな」


「さて、信也しんや、ここからが本題だ。君は神界しんかいからの侵攻が行われるときに、ある役割を担って貰う。それは、君の意思とは関係なく実行される。しかし、結果は決まっていても、その過程をどう歩むかは自身で決めなさい。犬神家いぬがみけの領地奪還任務への参加に関しては強制はしないよ」


「その役割ってなんだ?」


「時がきたら話すよ。…おっと、だいぶ話し込んでしまった。残りの説明はまた今度にしようか。今日は部屋に戻って早めに休みなさい」


「勿体ぶるだけ勿体ぶって…勝手だな」

 それだけ大護だいごに言い残すと信也しんやは書斎を後にした。


 どのような道順を辿ったかはっきりしないが、気が付くと信也しんやは本来借りる予定だった客室のベッドに座っていた。


「オレ…一体、何してるんだろ?」


 ここまで、ただただ巻き込まれ続けてここにいる。挙げ句の果てには人間ですらなかった。信也しんやは現実についていけず、何かをする気にもなれずに座り込んでいた。


 金の装飾が施されたドアノブがゆっくりと回る。

 信也しんやが顔を上げると、かなめが目の前に立っていた。


 かなめは何も言わずに信也しんやの隣に腰を下ろす。



 しばし沈黙が流れ、かなめが先に口を開いた。

「いきなり常識では考えられないことがいっぱい起こって、頭の中がぐるぐるだったんだよ」


 かなめは隣で座っている信也しんやの方には顔を向けずに話を続けた。


「今日、朝水あさみくんから不思議な力について説明を受けたの。さすがの私でも超能力とか信じられなかったんだけど…目の前であんなものを見せられたら信じる他ないよね」

 かなめは、とりとめなく話を続けていった。


信也しんやくんとせっかく相部屋になったらしいのに、他の女の子の部屋に行ってるし、部屋に戻ったらベッドの上で、ボーッとしてるし…」


 そこまで話すとかなめは、突然、大きな声を上げ胸を張る。

「ハイ!私の今日の出来事は以上です。今度は信也しんやくんの番だよ。なにがあったか話して」


 再び沈黙が流れる。かなめは急かすことはせず、信也しんやの言葉を待っていた。


「オレさ人間じゃないって」

 その言葉を皮切りに、信也しんやせきを切ったように、溜め込んでいたものを吐露した。


 今までの出来事。これからの事。巻き込まれるがままに周りに流されていた事。何をどうすれば良いか見失っている事。


 かなめは頷くだけで信也しんやの言葉を遮ぎることなく聞いていた。

 そして、信也しんやの顔を胸に抱き寄せ頭を撫でる。


「私ね、信也しんやくんにいっぱい助けられてきたんだよ?」


「覚えてないかもだけど、転校してきたばかりでクラスに馴染めずにいたとき、昼休みによく屋上で時間を潰してたの。その時、突然、信也しんやくんが現れたの」


「突然、現れた?」

 信也しんやかなめの発言の意味が分からず思わず聞き返す。


「たぶんね、信也しんやくんはずっと屋上にいたんだろうけど、なぜか気付かなかったの。私がずっとため息をついてたら、いきなり隣から話しかけられたからびっくりしたんだよ」


「そんなことあったか?」


「やっぱり覚えてないんだ。あの時言われた言葉に私がは救われたんだからね」


「えっ、オレ何て言ってたんだ?」


「それはね…」

 かなめとの返答を聞き終えると、泣きつかれた信也しんやは、そのまま深い眠りに就いた。


 信也しんやが目覚めると、かなめが静かな寝息を立て、隣で寄り添うように寝ていた。


「おい、かなめっち。いつまで寝てんだよ!」


 活発な女性の声と共に赤毛の少女が部屋のドアを開けて入ってきた。


 信也しんやかなめの様子を見て、赤毛の少女の顔が紅くなる。


「お前!かなめっちにまで手を出しやがって」


 赤毛の少女の怒りを鎮めるのに、再びボーダレス総動員で対応することとなった。


 信也しんやの知らぬところでかなめと赤毛の少女は友好を築いていたのだ。


 一段落つき再び親父の書斎へと向かう信也しんや


 部屋に入るやいなや大護だいごは語りだす。

「やはり立ち直るには、私の干渉力かんしょうりょくを使うよりも、人肌に限るね。性への欲求を前にしたら、人間の悩みなんて些細なものだよ。若いって羨ましいね」


「どういう想像をしてるか知らんが、アンタが思っているようなことは何も無かったぞ」


「あれ…そうなのかい?飛子とびこがまた騒いでいたから、てっきり溜まった鬱憤うっぷん飛子とびこの肉体にぶつけたのかと思ったんだが」


「まったくこのアホ親父は…」

 信也しんやはため息をつきながらも本題に入る。


「そんなことより昨日の話の続きだ。あんたがオレをどう使おうと考えているかは知らんが 、オレはオレのやりたいようにするからな!」


「オレの役割が…存在意義があらかじめ決められたものだとしてもオレの意思は誰にも曲げさせねえ。アンタのやり方、目的が気に食わなければ今までの分もまとめて反抗期として反発するからな!」


「取りあえずイヌガミだかの討伐には参加する。どのみち、瑠璃るりちゃんだっけ…人の生死に関わることなら助けになりたい」


 勢いよく啖呵たんかを切る信也しんやに対して大護だいごはニヤケ顔で返答する。


「立ち直ってくれたのはいいんだけど、信也しんやの今の実力ではむしろ足手まといだ。そこでだ、今日から任務決行までの数日間、干渉力かんしょうりょくの使い方を学んでもらうよ。ついでにかなめさんも一緒にね」


 こうしてかなめには朝水が付き、信也しんやには大護だいごが付いて個別で干渉力かんしょうりょくの修行に取りかかる。

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