38話 猫又

「ん…んにゃ…!?」


「にぎゃぁぁぁ!!」


 熟睡中であった信也しんやは、突然の悲鳴に驚き慌てて跳ね起きる。


 状況が飲み込めず辺りを見渡す信也しんや

 そして、悲鳴の主であろう赤毛の人物が部屋の壁際に寄り掛かり、震えながら信也しんやを睨み付けている。


 そこで信也しんやは一瞬にして状況を察した。就寝前に部屋を間違えたのだと。


 昨晩部屋の電気が分からず暗闇に包まれていたこと。ベッドがキングサイズであったためもう一人寝ていることに気付かなかったこと。そもそも、部屋を間違えていたこと。あらゆる偶然が重なり今に至る。


「ちょっと待て。昨日は疲れて…部屋も暗くてだな」

 信也しんやはしどろもどろになりがら弁明する。


「貴様よくも!うちの純情を…!」

 グレーのノースリーブに短パンを履いていた赤毛の少女は怒りで肩を震わせている。


「すまん。とにかく聞いてくれ!」


 信也しんやの謝罪が聞き入れられる筈もなく、少女の赤毛が逆立ち、みるみると風貌が変化していく。


 赤い猫耳。赤い爪。揺蕩たゆたう二本の尻尾。

 体つきや顔は赤毛の少女のままであったが、まるで化け猫のような変貌を遂げた。


 次の瞬間、赤毛の少女は信也しんやの視界から消えた。そして、次の瞬間にはガードする暇もなく信也しんやのみぞおちに拳がめり込む。


「ぐぉ!」

 信也しんやはそのまま勢いよく吹き飛ばされ、部屋の窓ガラスを突き破り、屋外の草原へと投げ出された。


「ぶち殺す!」

 赤毛の少女の怒りは収まるどころか、さらにヒートアップしている。

 突き破られた部屋の窓辺から、態勢を立て直そうとしている信也しんや目掛け跳び掛かってきた。


 それに反応しようにも腹に重い一撃を喰らい、思うように力が入らない。信也しんやは、ある違和感を感じていた。干渉力かんしょうりょくの鎧が機能しなくなっていると。


 飛び掛かってきた赤毛の少女の両腕を掴み動きを止めた。しかし、彼女の鋭く紅い爪が信也しんやの腕に触れた瞬間、赤い火花が閃く。


「あつっ!?」

 突然、赤毛の少女の腕が発火して、おもわず信也しんやは掴んでいた少女の手を離す。


 その隙をつき赤毛の少女は体をひねり、回し蹴りを信也しんやに見舞う。


 咄嗟にガードした信也しんやであったが、防いだ腕ごと吹き飛ばされる。

 尚も赤毛の少女の怒りは収まらず、信也しんや目掛けて一直線に駆けてきた。


「おいおい、いくらなんでもヤバいだろ」

 信也しんやは本気で身の危険を感じていた。

 何とか赤毛の少女を抑えようと思案を巡らす。


 目の前の赤い化け猫を止めるべく、絶対的かつ圧倒的な干渉力かんしょうりょくを直感で顕現する。


 信也しんやの両手から白いもやが漏れだす。それが徐々に信也しんや自身の両腕を覆い形をなす。


 顕現された信也しんやが知る限りで最も強力な力。自分を最も窮地に追いやったトラウマ、金毛九尾の腕であった。


 金毛九尾はA樹海で死者の怨嗟えんさ干渉力かんしょうりょくとして還元していたため、禍々しい黒色の干渉力かんしょうりょくを帯びていた。


 今回、信也しんやが顕現した金毛九尾の腕は従来の体毛である黄金色こがねいろをしていた。


 一直線に突進してくる赤毛の少女の燃え盛る両腕を九尾の腕で掴む。赤と黃の干渉力かんしょうりょくが衝突して周囲にほとばしる。


 赤毛の少女の動きを止めたところで、信也しんやは弁解をする。


「待ってくれ!誤解なんだ。そんなつもりはなかったんだ」


「夜中に忍び込んでおいてまだ言うか!」


「だから誤解だっていってんだろ!そんな男勝りな性格しておいて、今更乙女ぶるなよ!」


「なっ…⁉お前…!」

 赤毛の少女は激高し頬がいっそう赤く染まる。


 激闘必至な状況を打ち消すように、気の抜けた声が両者の戦いを仲裁する。

「まったく、朝っぱらから何をやっているんだね」


“フラストレート・クールダウン”


 赤毛の少女の額に下方向の青い矢印が浮かび上がる。直後、少女の動きが止まった。



 大護だいご干渉力かんしょうりょくにより、赤毛の少女の頭に昇っていた血が引き始めるが、それでも完全には怒りが収まらないようで、表情は険しいままだ。


「おい、飛子とびこ。いい加減にしないか!」

 昨日、赤毛の少女に絡まれたところを仲裁してくれた銀髪ぎんぱつのパーカーを着た青年が再び止めに入る。


「だってコイツが…うちの純潔を…」



 パーカーの青年は端正たんせいな顔立ちで、何かを察したように頷く。

「ほう!なかなかやるじゃないか。さすが大護だいごさんの御子息だ」


「おいおい、何を勝手に納得してんだよ」


「そんな信也しんやくん!私というものがありながら…」

 いつの間にかかなめや他のメンバーも集まっていた。


 昨日は呆けていたかなめであったが、一夜明け、いつもの調子を取り戻している。


かなめちゃん、誤解だって。オレはただ隣に寝ただけなんだって」

 信也しんやは弁明をしながら、かなめに近寄ると勢いよく平手打ちが飛んできた。


「言い訳しないで、添い寝だって充分浮気だよ!」


「ぐぁ」

 信也しんやは叩かれた勢いで地面に倒れ込む。

 かなめの平手打ちですら干渉力かんしょうりょくの鎧は防げなくなっていた。


「あらら、昨日のうちにかなめさんの精神をいじって安定させたんだけど…それが仇となったね」

 大護だいごは特に悪びれる素振りもなくあっけらかんとしている。


 大護だいのがその場を収めるべく全体に説明を始める。

「みんな、うちの愚息が迷惑を掛けたね。思春期に良好な男女関係が気付けず、彼は歪んだ方法でしか女性にアプローチ出来なくなってしまったんだ」


「それもこれも、私が躾をしてこなかったことが、原因だ。だから責めるなら私を責めてくれ」


「おいおいおい!そんな変質者を肯定するような弁明でこの場を収める気なら、直接、怒りをぶつけられるほうがマシだ」


「それに夜這いをするにしたって、オレも選ぶ権利はある…」

 そこまで言ったところで信也しんやは自身の失言に気が付いた。


 かなめは汚物を見るような冷めた視線を信也しんやに送る。

 そして、再び怒髪天どはつてんいた赤毛の少女が、信也しんやに再び襲い掛かってくることは想像に難くないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る