37話 神界

 屋敷内も白を基調としたアンティークで統一されており、信也しんやは始めての光景に部屋の内装を見回す。


 かなめは考える事を諦め、表情からは感情が消え失せていた。


 玄関脇の階段を登ってすぐの扉を抜けると、その室内には数メートルはありそうな長方形のテーブルに蝋燭ろうそくが並べられている。


 テーブルの上座に大護だいごが腰掛け、それに準じて数名の男女が着席していた。


「あれ…!?あの子は…」


 そんな中、信也しんやの視線は九尾討伐の時に見掛けた巫女姿の少女に向かう。物静かな雰囲気でで長い黒髪を後ろでに結っている。


 高校生ぐらいだろうかと信也しんやが考えていると突然、何者かが覆い被さり地面に押し倒された。


「ぐっ…!」

 困惑する信也しんやの上に、鋭い目付きの赤毛の少女が馬乗りになっていた。


「なにコイツ、弱っちい!ホントに大護だいごさんの子どもなの?ルリを見て鼻の下なんか伸ばしちゃって!」


「いきなりなんなんだ!ふざけやがって」

 あまりにも突然の事で信也しんやは少し苛立ちを覚える。


 それに対抗するかのように赤毛の少女も苛立ちをみせる。

「なによその反抗的な態度は!礼儀ってものを叩き込んでやるわ」


 猫の模様の入ったスカジャンに短パンを履いている赤毛の少女は、紅く尖った爪を身動きの取れない信也しんや目掛けて振り下ろす。


 その爪は人のそれとは比べ物にならないくらい鋭く、いびつな形状をしていた。


 しかし、赤毛の少女が腕を振り下ろす前に、白いパーカーを着た銀髪の青年が、彼女の腕を掴んで止めた。

「止めろ、飛子とびこ大護だいごさんの前だぞ」


「チッ…」

 飛子とびこと呼ばれた赤毛の少女は軽く舌打ちだけして信也しんやの上から飛び退いた。


「うちの者が失礼した」

 そう言って、パーカーの青年は起き上がろうとした信也しんやに手を貸してくれた。


「いやー、青春だねー」

 大護だいごはその光景を見ながら薄ら笑いを浮かべている。


 正直、信也しんやは赤毛の少女より大護だいごに苛ついていた。


「前座は済んだようだね?なら適当に掛けてくれ」

 大護だいごは手を叩いて着席を促す。


 かなめはこれだけの騒ぎにも関わらず、どこか上の空で放心状態だ。


 信也しんやかなめの肩を優しく抱き、心配しつつも空いてる席へと誘導した。


 全員が席に座ったのを見計らい大護だいごが話し始める。

「まどろっこしい挨拶は省いて、担当直入に言うよ。今日、境界無き干渉者ボーダレスに招いた私の愚息の信也しんやは“神界しんかい”からの神の進攻を阻止する為のキーマンだ。みんなも最低限の協力はしてくれ」


 一同は声こそ挙げなかったが少なからず驚きの表情を浮かべる。そして、中には怪訝けげんそうな顔をしている者もいた。言うまでもなく先ほどの赤毛の女である。


大護だいごさん。これで人類が救われるんですね」

 信也しんやを助け起こしてくれたパーカーの青年は嬉々ききとして笑みを浮かべる。


「うーん。どうだろうね。人類の滅亡を先延ばしにするだけで、根本の解決にはならないと思うけど…。何もしないよりはマシかな」


「そんな…」

 パーカーの青年は一転して顔を曇らせる。


「まぁ、いいじゃねえか。それより早く切り上げて飯にしようや。こちとら、今朝から何も食ってねえんだ」

 白髪混じでアゴヒゲを蓄えた、渋い声の中年男性が席から立ち上がろうとする。


「そうだね。メンバーも全員揃ってないから、詳しい話しはまた今度にしようか。とりあえず、数日後の狗里くりへの侵入任務までは各自、ゆっくり休んでくれ。瑠璃るりさんの為にも失敗は許されないよ」


 信也しんやが状況を飲み込む前に会合はものの数分で終了し、それぞれのメンバーは自己紹介をする間もなく、どこかへ捌けていった。


「では信也しんやさん、お部屋をご用意しましたのでこちらへ」

 朝水あさみが優しい声色で信也しんやを案内しようとする。


「すみません。親父に話があるんで部屋には後で行きます。とりあえずかなめちゃんをどこかに休ませてあげてください」


「わかりました。かなめさんも干渉力かんしょうりょくを使えるみたいですので、落ち着いたら徐々に説明していきます。それと只今シェフが任務で不在ですので、代わりに簡単な軽食を部屋に置いておきますね」


「ありがとうございます。助かります」

 そう言って、信也しんや親父の方へと向き直る。


「今までの事も含めて、話してもらうからな」

 意気込んだはいいものの、信也しんやはなにから尋ねたらよいものか考えあぐねていた。


信也しんや、とりあえずお前の疑問には全て答えようじゃないか。“神界しんかい”からの侵略阻止には信也しんやの協力が不可欠だからね。今のうちに禍根かこんは残さないようにしたい」


「そもそも“神界しんかい”ってなんだ?」


「何って神の住む世界だよ」

 大護だいごはさも常識だと言わんばかりの口調で答える。


「一般人にも解るように話してくれ」


 大護だいごはやれやれといった様子で説明を始めた。

「そもそも“結界”が何かは解るかい?」


「身を守るもの?」


「イメージ的にはそんな感じかな。本来、干渉力かんしょうりょく内干渉ないかんしょうにしろ外干渉がいかんしょうにしろ、特定のに対して作用する。“結界けっかい”は己が干渉力かんしょうりょくを周囲に拡張して、一時的に範囲内の万物のことわりを書き換えるものなんだ。信也しんや自身も今まで、いくつか体験してきたんじゃないのかな」


 信也しんやは、くろがS高校を覆っていた黒いもやや、九尾がA樹海全体を覆っていたものだと納得した。

「ミズキん家やボーダレスの本拠地が別世界みたいになってるのも結界を張ってるからなのか?」


「いい質問だね。“結界”は今ある空間に干渉力かんしょうりょくを上塗りしただけに過ぎない。その為、ベースとなる空間の広さは大きくは変わらない。ただし、干渉者かんしょうしゃや魑魅魍魎の力量によっては多少、結界に異界化を加えて空間を拡げたり、地形をいじることもできるけどね」


「ボーダレスの本拠地がある、この草原は結界より高位次元の“異界いかいと呼ばれるものになる。空間の狭間に結界をねじ込み、無理やりスペースを創るものだ」


「それで、いつ“神界しんかい”の説明に行き着くんだ?」


「まったくせっかちだね。早い男は嫌われるよ」


「うるせえ。ほっとけ」


「話を戻すよ。“神界しんかい”は異界いかいの更に高位の空間。文字通り、神の住まう世界だよ。ただし、その存在は干渉者かんしょうしゃの間でも都市伝説程度の内容でしか語られてないし、実在するかも疑わしい」


「やてまて!存在自体、疑わしいなら何で神が攻めてくるみたいな話をしてたんだ?」


「そもそも干渉者かんしょうしゃたちの間でも神が人を創ったのか、人が神を創ったのかで意見は割れている。ただね、私たち境界無き干渉者ボーダレスが神が攻めてくる未来を知っているんだよ。そこで、次回の任務の狗里くりへの侵入に繋がるんだけど」


「先刻、信也しんやが卑猥な妄想を膨らませていた巫女姿の女の子がいたよね?あの子が狗里くりに住んでいた時読ときよみの一族である犬神家いぬがみけの最後の生き残りなんだ」


「卑猥な妄想なんてこれっぽっちもしてねえよ!」

 言葉では言い切った信也しんやであったが、全く妄想していといえば嘘になる。


「彼女の名前は犬神いぬがみ 瑠璃るり犬神家いぬがみけ未来視みらいし干渉力かんしょうりょくを有している。そんな彼女が“神界”からの神々の侵攻を予知したんだよ」


「予知はその出来事が近くなればなるほど鮮明に正確な映像ヴィジョンとして視える」


「結局、話が見えないんだけど…?」


「愚息でもわかるようにこれから説明するよ。犬神家いぬがみけは19年前に滅んだ」 


「オレがちょうど産まれた時か?」


 大護だいごは咳払いだけして話を戻す。

犬神家いぬがみけは予知の力を磐石ばんじゃくなものとする為に、預言者となる者に短命と無子の誓願せいがんが掛けられているんだよ」


誓願せいがんってなんだっけ?」

 海斗かいとから修行のとき、誓願せいがんの説明を受けていた信也しんやであったが、再び大護だいごから説明を受ける。


「それで…その瑠璃るりって子の命が危ないのか?」


「彼女は18歳までの命なんだよ。1週間後の19歳の誕生日までがリミットだ」


「マジかよ…。その誓願せいがんってどうにかなるものなのか?」


「それは、誓願せいがんの内容にもよりけりだね。彼女の場合は18歳を迎えると、犬神家いぬがみけ土地神とちがみが直接、彼女を喰らいに来る」


「なら、そいつを祓えばいいのか?」


「事はそんなに簡単ではないよ。誓願せいがんはある種の呪いのようなものだからね。犬神家いぬがみけ土地神とちがみをどうにかする必要がある」


「なら話は簡単だ。どうせオレにも協力させるつもりだったんだろ?任せろ」

 信也しんやは自身の胸を叩いてみせる。


「任せたいのは山々なんだけど、今の信也しんやでは正直、足手まといだよ。自分の干渉力かんしょうりょくのすら制御はおろか理解すらできてないのだから」


「だったらオレ自身のことをちゃんと教えてくれよ!」


 信也しんや大護だいごの問答は尚も続き、気が付けば日を跨ごうとしていた。


「その話しはまた明日にしようか。信也しんやにも干渉力かんしょうりょくのコントロールを身に付けてもらうから」


「オッシャァ!俄然、やる気がでた。修行なら今からでもいいぜ」


「私が疲れたんだよ。悪いけど寝させてくれ。夜更かしは美容の大敵だ」


「いろんなことに無関心だと思ってたアンタが、美容には興味があったのか。気持ち悪いことこの上ねえな」


 大護だいごとの会話が済み信也しんやは寝室へと向かった。

 大護だいごの適当な説明で部屋まで辿り着くのに時間が掛かった。


 信也しんやが部屋を開けると、薄暗くてほとんど何も見ない。照明のスイッチすらわからない暗さだ。


 さっき大護だいごの前は気丈に振る舞った信也しんやであったが、体は正直なようで部屋を探している内に疲労と眠気に襲われていた。


 朝水あさみが用意してくれてた軽食は朝にでも食べようと、信也しんや手探りでベッドを探り当て倒れ込むように眠りについた。

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