36話 ボーダレス

 なんとか機関の追っ手を撒いた信也しんやたちは、大護だいごに連れられるがまま車に揺られていた。


 沈黙が続く車内で、大護だいごは鼻歌混じりで運転をしていた。

 一言も言葉を発することなくうつむいるかなめに対して、信也しんやはかける言葉を見つけれずにいた。


「親父…これからどうするんだよ」


「そうだね。少々予定が狂ったが本来のプラン通り境界無き干渉者ボーダレスの隠れ家に向かおうか」


「ぼーだれす?」


「私たちの組織は世の中の調整者バランサーとして活動をしている」


「ずいぶん、ふわっとした活動内容だな。なら、アンタはその組織の命令で九尾を復活させたり、悪霊を生み出していたのか?」


「そう言えば、朝水あさみがそんな話をしていたね。ご期待に沿えなくて申し訳ないが、それらの件に境界無き干渉者ボーダレスは関与していない。大方おおかた、機関の自作自演だろう」


 信也しんやは、大護だいごの口から出た朝水あさみという名前に引っ掛かりを覚えながらも、特に触れる事はせずに話を続けた。


「そんなわけあるか。機関の職員だって九尾討伐で何人も死んだって聞いたぞ。そんなことして何の得があるんだよ!?」


「それこそ、私の知るところではないよ。私を捕まえる口実でも欲しかったのかな。それと一つ付け加えると境界無き干渉者ボーダレスは私が創設した組織だよ。だから、私が誰かに命令されることはない」


 今まで信也しんやは実の父である大護だいごの仕事を把握することはおろか、大護だいごのことすら考えた事はなかった。顔すら記憶に残っていなかったので当然と言えば当然であるが。


「あの…」

 今までうつむいていたかなめが、恐る恐る会話に入ってきた。


「確かかなめさんだったね。どうかしたのかい?」


「こんな状況でどうかしたのかい、じゃないだろう。いきなりこんな事になって、どうもしてない方がおかしいだろ」


「ハハハ。それもそうだ」

 大護だいごはあっけらかんと笑ってみせる。


「私はこれからどうなるんですか?」


「先程も言ったように、家に帰るのはやめた方がいい。信也しんやに機関の監視がついていたから、君も顔が割れている。今回の件で君も標的になる可能性は高い」


「それもこれもあんたのせいだろ。どうして今さらオレを迎えに来たんだよ?」


「それも含めて境界無き干渉者ボーダレスについたら話すよ。今は逃げることを優先しよう」

 納得のいかない信也しんやであったが渋々納得した。車に乗ったままN町の外れまで移動した。


 相変わらず周囲は民家もまばらで田畑が広がっているだけであった。

 郡山家総本山まで繋がっている山沿いのふもとで車は止まった。

「さて着いたよ」


 親父に促されるまま数分歩くと、目の前には崖のくぼみにこしらえた、洞窟がぽっかりと真黒な口を開けている。


「ここは昔、掘られた防空壕ぼうくうごう跡 だよ」

 立ち入り禁止の看板と侵入防止のチェーンが張られていたが、大護だいごはまるで何も遮る物が無いかのように看板とチェーンをすり抜けて、防空壕ぼうくうごう内の闇へと消えていった。


信也しんやくん…」

 怯えるかなめの手を引き信也しんやは意を決し、中へと足を進める。


「大丈夫」

 信也しんやたちも同様にチェーンをすり抜け、暗闇に呑まれていった。


 どれくらい歩いただろうか、静寂が二人を包み込む。暗闇の中で信也しんやが感じ取れるものは、足元の地面の感触と、握った手から伝わるかなめの体温だけであった。


 しばらく歩くと二人の前方に白い点が浮かび上がる。前に進むに連れてその点が広がっていき、白い光が二人の体を包み込んだ。


「…外に出たのか」

 視界が開けると、あたり一面に草原が広がっていた。


「一体、ここは…」

 しばし思考が停止して、風になびく草を眺めていると信也しんやたちの背後から、聞き覚えのある声がした。


「お久しぶりですね。お元気そうでなによりです」


 信也しんやが振り向くと、黒髪の短髪が良く似合う、爽やかな笑顔をたたえた青年が立っていた。

朝水あさみさん!」


「お元気そうでなにりよりです。それと年下ですから呼び捨てでいいですよ」


 2年の月日を経た朝水あさみは、呆気あどけなさが完全に抜け落ち、大人びた顔立ちになっていた。


信也しんやくん。この人は?」

 現状を理解するのに精一杯なかなめも、まずは目の前の人物に関心を向ける。


 それぞれ簡単な紹介を済ませ、信也しんやは状況の把握に努めた。


「それにしても、どうして朝水あさみさんがここにいるんだ。ボーダレスは郡山家こおりやまけと関係あるのか?」


「ここで話すのもなんですので、屋敷の中ではなしましょうか」


 朝水あさみが軽く手を払うと、風が起こり草原の草が舞った。

 一瞬、信也しんやたち視界が緑でさえぎられる。


 先ほどまでは何もなかったが突如、西洋風の白い屋敷が出現していた。


「これ…学校の校舎ぐらいあるんじゃねえか?」


「これは夢。これは夢。これは夢」

 驚く信也しんやとは対照的に、かなめは既に現実逃避に走っている。


「では皆さんどうぞ!」

 朝水あさみは、困惑くる信也しんやたちを屋敷へと誘導した。

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