優しい瞳


 鶴が飛び去って一週間が過ぎた。


 あれから雪は降り続いた。


 福岡にはほとんど雪が降らないので何年ぶりの大雪だろうか。


 冬休みも終わり高校二年生最後の学期が始まった。


 真っ白に染まった校庭を窓越しに見下ろしていると、紺のセーラー服を着た転校生が、先生に連れられてクラスに入って来た。


 転校生は長い黒髪のすらっとした女の子だった。


 その子の大きな黒い瞳を見た瞬間、背筋から髪の毛の先まで激流が走った。


「かわいい」では言い表せない、

「超可愛いすぎる」女の子だ。


 先生は彼女の名前を黒板にチョークで書いた。


 「織作鶴」


 僕は声を出さずに読み返した。


「おりさく つる」


 つるは自己紹介をした後で僕の方に歩いてくる。


 一歩いっぽ歩くたびに長い黒髪が揺れ動く。


 その美しさに心を奪われていると、彼女は僕の横の席に座った。


 この幸運を神に感謝している自分とは裏腹に、彼女の存在に戸惑う。


 そんなことは全然気にならないのか、彼女はずっと僕の方を見つめている。


 やっとの思いでつるの方向に顔を向けてみると、大きな笑顔が僕を迎えてくれた。


帯谷おびやじゅんくんでしょ。今日からよろしく!」


 大きな瞳が僕を見つめる。


 その瞳には、以前どこかで出会ったような優しさを感じた。


 つるの大きな優しい瞳…………





 つるはとても人懐っこい性格だ。


 休み時間も僕の方を向いて笑顔で話しかけてくる。


 その大きな瞳を見ていると、何か不思議な魅力に引き込まれるのはなぜだろう。


 僕はつるの話を聞きながら、ついつい彼女の優しい瞳に見惚れてしまう。


「潤くん、今、わたしなんて言った?本当に話し聞いてるの?」


 僕はその場をしのぐために、「もちろん聞いとうさ」と言って、プッとしているつるに笑顔を返す。


「つるはどこから引っ越してきたんね?」

 

 聞いても彼女の返事は曖昧だ。


「まあ、言いたくない理由があるんだろう」と思って追求はしない。


 授業が終わって帰りの支度をしていると、


「潤くんとは帰りが同じ方向だから、途中まで一緒に歩いていい?」

 

 僕の顔を見る。


 もちろん嫌と言う理由もない。


「ああ、よかよ」


 二人は校門を出る。


 つるは今日あった出来事を話し続ける。


 僕はその甘い声に聞き入っている。


 こんなラッキーなことが世の中にはあるのかと、自分の幸運を疑いながら笑顔が止まらない。


 二人は肩を並べてゆっくりと田んぼの土手の一本道を歩く。


 ちょうど数ヶ月前に鶴が打ち落とされたところを歩いていると、彼女の足が止まった。


 つるは青い空を見上げて北の空を見つめた。


 大きくため息をついた後で、また歩き始めた。


「あの数秒の合間は何だったのだろう?」

 

 僕は沈黙を守った。


 三百メートルほど歩いたところで、つるは立ち止った。


「わたしの家はこっちだから……」

 

 十字路を右に曲がった。


 あたかも僕が左に曲がるのを知っていたように答えた。


「きょうは潤くんに会えて嬉しかった。じゃあ、また明日」


 つるは僕に背を向けた。


 つるを抱きしめたい衝動を抑えながら彼女の後ろ姿を見つめ続けた。


 僕の熱い視線を感じたのか、つるはもう一度こちらに振り向いて大きく手を振った。





 僕の部活は博多織研究会だ。


 今時いまどき、織物に興味を持つ生徒は少なく、部員はたったの3人だけだ。


 その部活に、今日はつるが入部してきた。


 これで部員は4人になった。


 つるはいつものように僕の横に座る。


 今日も担任の先生は熱心に博多織の歴史を教えてくれる。


「これで最後の学期だな。


 今日は博多織で一番有名な献上けんじょう博多について研究しよう。


 献上博多は初代藩主黒田長政ながまさ筑前ちくぜんを納めるようになって、幕府の献上品けんじょうひんとして博多織を選んだことが始まりだ。


 毎年三月に帯地おびじ十筋じゅっすじ生絹きぬ三疋さんびきを献上するようになったんだ。


 献上博多の特徴は青、赤、紺、黄、紫の五色からなる色合いだ。


 そのため五色献上またはにじ献上とも呼ばれている。


 青はじんを、赤はれいを、紺はを、黄はしんを、紫はとくを表わしている……」


 先生のレクチャーは続いた。


 部活の最後に、


「今朝メールで博多織委員会から通知があった。


 3月に高校生と大学生を対象にコンクールがある。


 黒田長政ながまさ賞だ。


 応募内容は献上けんじょう博多を一帯ひとおび制作することだ。


 一人でもグループでも応募できる。


 色は自由に選んでいいそうだ。


 徳永と末次は三年生だから受験で忙しいが、二年生の帯谷おびや織作おりさくは参加資格がある。


 どうだ、二人で応募してみる気はないか?」


 先生が僕たちを期待の目で見つめた。


 僕が考える暇もないうちに、つるが立ち上がった。


「それ是非参加させてください。

 帯谷くんと私だったら3月中には必ず間に合わせます」


 つるの一声でコンクールに応募するはめになってしまった。

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