第5話 供物
校門を出て、二人は並んで帰り道を歩く。
七月の真昼の日差しはきつく、頬を撫でる蒸し暑い風がこよりの気分を余計に苛立たせる。
「あんなふうに急にいなくなられると困るんですけど」
「…………」
「首輪のこと忘れないでよね。別に、あなたが死ぬのは構わないけど。学校内でいきなり生徒の首が吹っ飛んだりしたら大事件になるでしょう?」
「…………」
「ちょっと、聞いてるの?」
「ああ」
「――出会った時からずっと、ああ、ああ、って! 私の話を聞いてもないのに生返事ばっかりしないでよ!」
こよりが大きな瞳で暁を睨んで叫ぶと、暁はわずかに目を見開いた。
「……ああ以外も喋ってる」
「っ、そういうことじゃなくて! ……もういいわよっ」
なんでこんなに話が通じないのか。こよりはプイっと顔を逸らして早足になる。ツインテールまで怒ったようにぱたぱた揺れる。
だいたい、任務上チームだからって、一緒の家に暮らすからって、兄妹の設定だからって、仲良く会話する必要なんてないのだ。
こよりは本来、自分から誰かに話しかけたりするようなキャラじゃない。美人で優秀で家柄もいいこよりは、黙ってたってたくさんの同性の取り巻きがいた。高嶺の花だ。
なのにこの――犯罪者が、自分にはひとつも関心を示さないくせに初対面のクラスメイトの女子とは仲良さそうに喋ってたことに、なんでこんなにムカムカするのか。
そのまま二人は会話もなく、家に辿り着く。
相変わらず無表情でぼーっとしている暁のかわりに、こよりが玄関のカギを回し、ガチャリとドアを開ける。
――すると、土間を上がってすぐのところに男が一人立っていた。
「……え?」
家に知らない人間がいる衝撃に固まったこよりが小さな声を零した瞬間、暁が庇うようにこよりの前に立つ。
一瞬にして暁の空気が変わった。ビリビリと肌を刺すような緊張に、こよりがごくりと喉を鳴らす。
「お前、行方不明中のエリクサーだな」
暁が男に向かって言う。
その言葉にハッとして、こよりは昨日麗華に見せられたリストを頭の中で思い出す。
柳川大輔。真面目そうな眼鏡の男。指先から火を放つ能力者。
目の前にいるのは確かにその人だった。
だが。
柳川はスーツ姿で一見どこにも怪我もしていないように見えるが、顔にミミズが這うように太い血管が浮き上がり、瞳孔が開ききった目は完全に正気を失っている。
「……日本へようこそ……暁……元気そうで……なにより……」
柳川がたどたどしく途切れがちな声で言った。
「……なんであなたのことを知ってるの?」
こよりの問いに暁は答えない。ただじっと正体を見極めるように男を睨みつける。
「また君に会えて……先生も僕も……とてもうれしいよ……君を救い出す……手間が省けた……」
「再会を祝して……君に供物を捧げよう……雑魚ですまないが……君が笑ってくれたら……嬉しい……」
そうして柳川がゆっくりと手を上げ、その指先に火をともす。
そして。
「たす、けて」
一瞬、正気に返った目をして一筋の涙を流したかと思うと。
火のついた指を自分の口の中に突っ込んだ。
「危ないッ!!!」
暁がそう叫んでこよりの腕を引き、外に向かって走り出すのと。
柳川の身体と昨日から住み始めた家が木っ端みじんに吹き飛んだのは、ほぼ同時のことだった。
「――柳川は腹にダイナマイトを巻いていたみたい。自分で火をつけた身体とともにそれが爆発して、奇跡的に死傷者は出なかったけれど、両隣の民家は全焼。もちろん、ウチもね」
爆発現場となった家にはすぐにパトカーと消防車が駆けつけ、暁とこよりは市の警察署に保護された。
二人とも怪我はなかったが、爆風にさらされ真新しい制服が煤だらけになっている。だが、着替えもすべて焼けてしまったのでそのまま着ているしかない。
保護者として連絡を受けてすぐに飛んできた麗華が警察手帳を見せ、実は極秘任務中であることを話すと、会議室の一つを貸し出してくれた。そこにジェイも加わり、四人で集まっている。
部外者は完全立ち入り禁止だ。これから話すことはすべて機密事項である。
「貴方たちに怪我がなくてよかったわ。新しい家はすぐに用意してもらえるから、それまではホテルにでも――」
「ホテルに宿泊する場合、また同じようなことが起きるたらどうする? 一般人が大量に巻き込まれてもかまわないなら俺は止めないが」
「……どうしてまた同じことが起きると?」
「あの柳川って男は自らの意志で爆死したわけじゃない。ミミズのように浮いた血管、あれは『操蟲(そうむ)』の被害者の特徴だ」
「操蟲……?」
聞きなれない言葉をこよりが訊き返す。
「『操蟲』というのは、背中に吸血蟲を付着させることで人を操る能力だ。これを使うのは――俺が知る限り、イヴァンという男だけだ」
「じゃあ、そいつに操られて柳川さんはあんなことを……?」
「ああ。イヴァンは無趣味で、人間の断末魔を聞くのが暇つぶしのサイコ野郎だから――俺の考えが正しければ、行方不明の他のエリクサーも全員殺されているだろ
う」
「……なんでそんなにそのイヴァンって奴のこと、詳しく知ってるのよ?」
「その質問に回答する前に。女刑事にまず、答えてもらう。俺を日本に呼び寄せた本当の目的を話せ。――あんたらは俺を生餌にするつもりだったんだな?」
暁は射抜くように麗華を見た。
いつもの無表情のままだが、その目には確かに怒りの色が浮かんでいた。
「……そうよ。貴方を日本に呼んだのは、エリクサー誘拐の犯人がイヴァン・アバカロフ――『dogma(ドグマ)』のメンバーだと判明したからだわ」
麗華が珍しく少し言いづらそうに告げる。
(dogma……?)
またも聞きなれない単語が出てきて、話についていけないこよりに、ジェイがニコっと笑いかける。
「dogmaはアキラが昔いた組織デース。つまり、連邦裁判所爆破、紛争地でのゲリラ活動、そして大統領暗殺を企てた組織ってことデースね」
「えっ……それ、すっごく危険なテロ組織ってこと……?」
「だーいせーいかーい! デース!」
「……なんでそんなに明るいのよ、ジェイ」
「いやぁ、せめてテンションだけでも上げておかないと、このシンコクな空気に耐えられなくて」
アハハ、なんてジェイは頭を掻いているが、本当に、事態はどんどん深刻な方向に向かっている。
誰かに操られていたという柳川の言っていた言葉を思い出す。
彼は暁に名指しで話しかけていた。つまり、暁が刑務所を出て日本に来ていることをたった一日で嗅ぎつけたということになる。
あり得ない情報収集スピードだ――スパイでもいない限り。
「今、こよりが考えているとおりよ。日米両政府に、すでにdogmaのスパイが紛れ込んでいる。そして今回はそれをうまく利用させてもらったの。それが、暁くんの言う「生餌にした」ってことね」
麗華が言う。
「dogmaはさっきジェイが言ったように、世界中で数々の凶悪なテロ行為を働いてきた組織よ。そんな奴らが、言い方は悪いけれど日本のエリクサーを何人か誘拐するなんて、そんなチマチマしたことをやる目的って何? 政府の人間が雁首揃えて考えてみても、皆目見当もつかない。
そこで、暁くんに白羽の矢が立った。dogmaの内部事情を知る彼が日本側についたとあったら、彼らも焦って暁くんを取り戻すために尻尾をあらわす――そう見込んだってわけ」
そしてそれは実際、成功した。今まで一切姿を見せずにエリクサーを誘拐してきたdogmaのメンバーが、暁が日本に来た途端、接触を図ってきた。――柳川にメッセージを伝えさせ、殺すという方法で。
こよりはチラリと暁を見た。
俯いた暁は、長めの前髪に隠れて表情がうかがえない。
彼が犯罪者だと最初からわかっていた、はずなのに。
だけど初めて会った時からまるで普通の少年みたいな恰好で、異能を持ってるんだか持ってないんだかハッキリしないし。高校に行ってみたら無愛想すぎて早々にボッチ確定のダサい奴で、兄妹の設定のせいかヤンキーに絡まれそうなところを庇ってくれて。
そんな姿を見て、うっかり忘れそうになっていた。
それを今、はっきりと突き付けられた。彼はテロ組織に所属していた、懲役3657年の凶悪犯なのだ。
「dogmaはただの危険なテロ組織ってだけじゃないわ。――こより、『エリクサー』の誕生経緯をあなたはどう習った?」
「え? えっと、十五年前から世界に突然異能犯罪者が出現して……」
「それよ。どうして急に異能を持つ人間が生まれたの? 神のイタズラ? 人類の進化? まさか、そんなはずがないわよね」
そう言って、麗華がジェイをじろりと睨みつける。
ジェイは観念したといったふうに両手を上げて、ため息をついた。
「……ハイ。スミマセン。すべてはアメリカのせいなんデース」
「え? どういうこと?」
「アメリカは何十年も前からずっと異能を持つ人間を生み出す研究を極秘裏に行っていまーシタ。世界一の国でいるためには、世界一の軍事力が必要デース。ですが、兵器は何かとコストがかかる。現代では核は実質使えない。それなら兵士の能力を爆発的に上げてはどうだろう――そう考えてのことデース」
ジェイが気まずそうに頬を掻きながら言う。
「そして十五年前、とうとうその実験に成功しまーシタ。ドクター・カシマという一人の天才……いや、悪魔の手によってネ」
「カシマ……って」
「そう、dogmaのリーダーで――アキラの父親デース」
懲役3657年の高校生 @nobou1092
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