第40話 嫉妬。

 佐倉要がキョロキョロと辺りを見まわしている。


「グラウンドはどっちなんだ?」


 ちょうどその時、心地よい金属音が響き、右手奥の方からワーッと歓声が聞こえてきた。


「もう試合は始まっているみたいだな」


 音がした方向へ顔を向け、真一が呟く。二人は誘われるように歩き出した。思ったより早くグラウンドは目の前に現れた。


「驚いたな。今、野球はそんなに人気があったのか?」


 真一の口から感心する言葉が零れる。

 練習試合だというのに、すでに多くの見物人がいた。女生徒の姿もかなりいる。当然だが、東校の制服を着ている者がほとんどだった。


「野球というよりも、選手かな。特に、2年のピッチャーが凄いんだ。頭も、腕も、顔もいいからね。実は森口も人気があるよ。それから、堀もね」


 要の情報収集力には舌を巻く。どこで集めて来るのか、真一が知らないことを本当に良く知っている。 

 さらに、この男がすごいとところは、その事をいっさい鼻にかけることがないところだ。


「だから俺達のEクラスは『奇跡のEイ組』って言われてるんだよ」

「奇跡のいい組?」

「そう。E組はイケメンが揃ってるってね。もちろん、その中に有馬も入っているよ」


 そう言って、要が片目を閉じる。真一はわずかに眉間に皺を寄せた。


「………は? 意味がわからない」

「うん。そうだよね。そう言うと思ってたよ。有馬はいいんだ。それで」

「………意味はわからないが、佐倉の情報量はいつも凄いと思っている」

「え? ……マジで⁈ そう思ってくれてたの! う、嬉しい~。有馬!」


 バッと両手を広げて抱き付いてくる要の顔面を瞬時に左手で押え、真一は観客達の顔をざっと見る。その中に、千鶴の姿がないことを確認し、内心安堵の溜息を漏らした。自分以外の男を喜々として見つめる千鶴の姿など心底見たくなかった。


「佐倉! 有馬も来てくれたんだ」

「森口………」


 いつのまにか、フェンスの向こう側に森口が立っていた。


「おいおい、試合中だろ? こんなところに来てていいのか?」


 佐倉が心配そうに森口に尋ねる。

 だが、本人はまったく気にするそぶりもない。それどころか不敵に笑って見せた。


「今から攻撃だ。俺、打つよ」


 そう言って森口は佐倉に熱い視線を向ける。どんな時でも、ぶれることのない男だ。


「あ、は、はははは。頑張れよ」


 引き攣った笑みを浮かべ佐倉が応じれば、森口はしっかりと頷き、すぐに仲間の所へと戻って行った。その姿を見送っていた真一は背に視線を感じ振り返る。案の定、近くにいた女達が皆こちらを見ていた。


「………森口に人気があるというのは、確かだな」

「ん? ああ」


 真一の言葉で要も振り返った。


「まあ、目当ては森口だけじゃないみたいだけどね」

「?」


 意味ありげに要が呟くのを横目に、真一は再びグラウンドへ目を向けた。試合は森口達が圧倒的な強さをすでに見せつけていた。

 しばらくの間、真一と要は森口と堀の勇姿を見守っていた。すると、真一の背後からおずおずと声が聞こえてきた。


「あの……、一緒に写真を撮ってもらえますか?」


 振り向けば、そこには千鶴と同じ濃いグレーの制服を着た女が3人立っていた。と、その時、清々しいほどの金属音を響かせ、白球が空高く飛んでいく。


きゃあっ!


 黄色い歓声が起こった。観客達の視線が一斉にグラウンドに向く。


「わあっ! 森口君がホームラン打った!!」


 真一に声を掛けて来た女達も森口の勇姿に視線が釘付けになっていた。その隙に、真一はすっとその場を離れる。

 いいタイミングで打ってくれたと、心の中でクラスメイトへ感謝しながら、その足でずっと気になっていた体育館へ向う。

 運よく体育館の入り口は全開になっていて、中の様子を見ることができた。手前のコートでは男子のバレー部が練習をしていて、ネットで区切られた奥にあるコートが女子のようだった。真一の目は一瞬で千鶴の姿を捉える。例えそれが遠くで、人影で、背中がわずかに見えるだけだったとしてもだ。出会ってからずっと千鶴の姿を目で追ってきたために培われた能力だった。

 千鶴の姿を見つけた途端、真一の表情がパッと明るくなる。これもいつの間にか身についてしまったことの一つだ。

 だが、その明るい表情があっという間にもとに戻ってしまう。体育館の戸口に立つ他校の制服をきた真一の姿を、バレー部の男達が不審そうな目でジロジロと見ていることに気付いたからだ。


(この中に、千鶴へ秋波を送る輩がいるのかもしれない)


 そう思った途端、胸の奥がざわついた。真一が知らない千鶴の姿を見ていることだけでも心穏やかではいられないというのに。

 真一の目が険しいものに変わっていく。


「有馬」

 

 背後から聞こえてきた要の声に、嫉妬に囚われそうになっていた真一ははっと我に返る。あれだけ森口が要の応援を喜んでいたというのに、要は試合をほったらかしにして真一について来たようだ。呆れつつ肩越しに振り返れば、要が右手で手招きしながら左手の指先は体育館の2階へ通じる階段を指し示していた。真一は素直にその誘いに応じることにする。このまま体育館の入り口で目障りな男達に睨みを利かせても無益だとわかっていたからだ。

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