第21話 覚えてない?
朝十時。
空は雲一つない快晴。
この空のように晴れやかな表情の男が、有馬真一の家のリビングで歓喜に震えていた。
「有馬! これも美味しいよ!」
「そうか、良かったな」
昨夜から真一の家に泊っている佐倉要が喜びの声を上げる。彼が嬉しそうに食べているのは、真一が作くったナポリタンだ。真一は昨夜見た夢の影響から、千鶴と一緒に作った思い入れのあるナポリタンを朝から作っていた。
「ごちそうさま」
綺麗に完食した要が満足そうな笑みを浮かべながら手を合わせている。
「お粗末さま」
キッチンで片づけをしながら真一は応じる。要はすぐに立ち上がり、フライパンを洗っていた真一のところへ食べ終えた食器を運んで来た。
「佐倉、おれは少し家を空ける。おまえはその間どうする?」
食器を受け取りながら、真一は要に尋ねる。
「え?! 有馬、どこかへ出かけるのか?」
「駅前。すぐに戻って来る」
「買い物? 俺もついて行ったらダメかな?」
「自転車を取りに行くだけだ」
「あっ!………もしかして、昨日自転車で駆けつけてくれたとか?」
「まあな」
「! 有馬~」
「あっ! やめろっ、馬鹿! ふざけるな!」
突然腰にタックルをかけて来た要に、泡まみれの食器を手にしていた真一は珍しく焦った声を出す。
だが、すぐに態勢を立て直した真一にキッチンから蹴り出された要はすごすごとリビングへ戻って行く。
「………佐倉、夕飯のリクエストはあるか? ついでに材料を買ってくる」
寂し気な雰囲気を漂わせる要の姿を見て、反省していればいいんだがなと思いながら、その背に向かって声を掛ける。すると、驚くような勢いで要が振り返った。
「有馬! 自転車は今日じゃないとダメなのか? ………食べたいものって言われても、今食べたばっかりじゃ何も思い浮かばないんだよ。俺も一緒に買い物に行って考えるっていうのはどう?」
さも名案とばかりに言い募ってくる要に、真一は少し考えるそぶりを見せる。
「………おまえもついてくるんだったら、ついでに昼は駅前で済ませるか」
「え? いいのか? 一緒に行っても?!」
頷く真一に、要は嬉し気な声をあげた。
「やったぁ!」
子供のようにはしゃぐ要の姿を見て、真一は半ば諦めたように溜息をつく。自分の提案が通ったことがよほど嬉しかったらしく、要の明るさは全開だ。
さらに、真一の気が変わることを怖れてなのか、洗い物を終えたばかりの真一を急かして出かける用意までさせようとする。
もちろん、ちゃっかりと服を借りることも忘れてはいなかった。
そして、真一が戸締りを終え、徒歩で二十分ほどかかる駅前に向かって歩き出すと、要はさり気なく真一の真横に並ぶ。二人はしばらくの間、取り留めのない会話をしながら歩いた。ほぼ一方的に要がしゃべっていると言っても過言ではない。
そして、会話が途切れると、最近流行っているメロディを口ずさむ。要は終始ご機嫌だ。
ふと、真一はずっと疑問に思っていたことを口にする。
「………いつもおれに付きまとう理由は何なんだ?」
「え?! ………つきまとう? 俺、そんなふうに思われてたの? マジで⁈」
要は心底驚いたように真一を見る。素直にこくり頷けば、要は大袈裟にがっくりと肩を落とした。
「─────────俺は、有馬と友達になれたんだと思っていたけどな………」
「友達?」
「そう。俺、有馬と友達になりたくて、この学校を受験したんだ」
「……」
真一は思わず立ち止まる。まったく意味が分からなかったからだ。要も立ち止まった。
「………俺、以前有馬に助けられたことがあるんだけど、覚えてないかなあ?」
どこか不安そうに要は尋ねてくる。真一は顎に手を置き、思い出そうと試みた。
だが、記憶の中にこのチャラい男の記憶はなく、すぐに首を横に振った。
「え?! マジかっ!」
要は大げさに空を仰ぎ、両手で自分の頭を鷲掴みにした。
「それは、いつのことだ?」
「………………中学一年の夏」
真一は再び歩き出した。要もすぐに付いて来る。
(中一の夏?)
思わず真一は苦笑を漏らす。
(覚えていないはずだ)
それは、真一が心を閉ざし、もっとも荒んでいた頃だった。
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