第22話 出会い。

 中一の夏。

 夏休み前の駅前の繁華街は、多くの若者達で賑わっていた。

 人の波を避けながら、佐倉要は最近良く行くようになっていたゲームセンターへ向かう。その表情は険しい。どうみても遊びに向かっている顔ではなかった。それは目的がゲームを楽しむためではなかったからだ。ただ家にいることが苦痛で逃げて来たのだ。

 小学生だった頃の要は、成績優秀、まじめで大人しい子供だった。

 だが、中学になった途端、高圧的で傲慢な父と、その父に対し言いなりな母に、不満が一気に爆発してしまったのだ。

 制服は着崩して着用し、髪は金色に染め、両耳にはピアスを付けた。もちろん、成績もいいはずがなく、しょっちゅう喧嘩もしていた。

 突然荒れ始めた要に対し、父親は激怒した。


「反抗期か。ふん、くだらん。そんなことをして何の意味がある? 子供は親の言うとことを黙って聞いていろ!」

「俺は、あんたの人形じゃない!」


 そう叫んだ要を父親が殴りつける。

 顔を合わせればいがみ合う二人に対し、母はおろおろしながらただ泣くだけだった。

 要は家にいるのが嫌で、ゲームセンターに入り浸るようになっていた。そこには同じ年頃の似たような奴が集まっていたからだ。

 だがその日に限って、仲良くなった同年代の者が一人も来ていなかった。仕方なしに一人で遊んでいると、年上の二人組の男に声をかけられた。時々見かける顔だった。三白眼の特徴的な目をした男と、顔はいたって平凡だが、赤い髪を頭の右側面だけ狩り上げた独特な髪型の男だ。


(確か、高校生だったはず………)


「一人? 一緒に遊ぼうぜ」

「うん…………」


 しばらくの間、3人で適当にゲームを楽しんでいたのだが、ふいに二人の雰囲気が変わった。そのことに気付いた瞬間に、さっさと適当な理由をつけて離れるべきだったのだが、遅かった。


「あっれ~、もう俺金無いや」

「あっ! 俺も! おまえは?」


 唐突だった。二人が要を見る。その目を見た途端、背筋をぞくりとしたものが走る。


「お、俺も、………ない」

「ふ~ん。ちょっと、来いよ」


 要は強引に店の外に連れ出され、ビルの影へと連れて行かれる。


「俺達、もっと遊びたいんだけどな~」

「…………俺は、もう───」


 そう言って踵を返して逃げようとした要の肩を背後から伸びて来た手が掴み、壁に叩きつけた。その衝撃で一瞬息が止まる。要は壁に背を付けたままずるずるとしゃがみ込んだ。


「何を逃げようとしてんだよ」


 ガッという音と共に、苦痛で歪む要の顔の真横の壁が蹴りつけられた。見上げれば、三白眼の男が極悪な笑みを浮かべ見下ろしている。


「言う事を素直に聞くなら、これ以上何もしないんだけどな~」

「────────────言う事?」

「まだ持ってんだろ? おまえが持っている金、全部出せよ」

「か、金なんて、………………もう、無い」

「無いなら、他の誰かから貰ってこいよ」


 胸倉を捕まれ、引きずるように立たせられる。喉元を押え付けられ息ができない。


「い、嫌だ……」

「はあ? 嫌だと!」


 苦しくて、顔を歪めながらも拒絶を口にすれば、生意気だと言って二人がかりで殴りつけてくる。反撃も考えたが、どうもこの二人は喧嘩慣れしていた。体格も違う二人に囲まれた状況ではあまりに不利だ。出来る限り体を小さく丸め、暴力という嵐が過ぎ去るのをただひたすら耐え続けるしかない。

 だが、横腹に見事に蹴りが入った瞬間激痛が走り、胃の中のものが逆流する。要は地面にころがったままうめき声を上げた。

 もう限界だった。


「あ~あ、面白くねぇな。やられっぱなしかよ」

「おい! あいつ金も持ってそうじゃねぇ?」


 刈り上げ男が嬉しそうな声をあげ、三白眼の男の肩を叩く。要も苦痛に顔を歪めながら、男が指さす方を見た。そこには、清楚な制服を着こなす髪の長い女子高校生と腕を組んで歩く中高一貫の有名進学校の制服を着た少年がいた。艶やかな黒髪と、すっと伸びた背中が印象的だった。


「年上の女とデート? 生意気な奴だな」

「あのお坊ちゃん、はりきってるぜ。お金もたんまりと持って来てんじゃね?」

「おい! おまえに見本を見せてやる。ちゃんと見ておけよ!」


 三白眼の男は振り向き、地面に転がる要を見てにやりと笑った。


「や、やめろ………」


 要は掠れた声をあげた。

 だがこの二人が止めるはずもなく、三白眼の男の手が背後から少年の肩を掴む。


「おいっ!」


 少年が振り返った。


「え?」


 二人の男達は一瞬動きを止めた。口を開けたまま、目は少年の顔に釘付けになっている。要も一瞬痛みを忘れた。

 稀に見る整った顔がそこにあった。


「お、女?」


 思わず呟いたのであろう男の声に、黒髪の少年が不快そうに眉を顰(ひそ)めた。


「汚い手をどけろ」


 冷ややかな視線と声で掴んでいた手を振り払われ、はっとした男は羞恥と怒りで顔を赤く染めた。そして荒々しい動作で、立ち去る少年の肩を再び掴み、乱暴に振り向かせる。


「やめろっ!」


 要は叫んでいた。その瞬間、一瞬だが、少年と目が合った。


「嘗めやがって!」


 男が腕を振り上げるのと同時に、少年の隣にいた女が悲鳴をあげる。


「ぐふっ」


 口から苦痛の声を漏らしたのは、三白眼の男のほうだった。少年の右手の甲が背後にいる男の顔面を打っていた。しゃがみ込み鼻を押える男の指の間から血が流れ出す。血を流す仲間の姿に、一瞬何が起きたのか理解できず突っ立っていた刈り上げ男だったが、やられたのだと分かった途端、卑怯にも少年の背後から襲い掛かった。

 だが、男が拳を振り下ろす直前、少年は振り向きざまに背後の男の鼻を肘で殴打した。男は絶叫をあげ、顔を両手で抑えながら地面を転げまわる。

 要は唖然としながらその情景を見つめていた。すべてはあっという間だった。


「喧嘩だ! 誰か、警察を呼んで!」


 わらわらと人が集まって来た時には、少年の姿はもうどこにもなかった。


「どけっ!」


 二人の男達はよろめきながら立ち上がると、怒鳴り声を上げ、野次馬達を押しのけて慌てて逃げ去って行く。そのすぐ後、駆けつけて来た警察官に要は保護されたのだった。

 それが佐倉要と有馬真一との初めての出会いだった。

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