第5話 午後のカフェ。
くくくっ、と真一が声を抑えて笑っている。
「……それは、驚いただろうね。おれも見たかった」
「驚くっていうより、焦ったわ。本当に、凄かったの! ちづが電車のドアに頭が挟まった状態でもがいているんだもん」
「だって! 電車のドアって想像以上に強い力で閉ってんだよ! 挟まると全然動かせないんだから!」
「だから間に合わないって言ったじゃない! 周りにいた人達もみんなびっくりしてたんだからね!」
「うっっっ……」
「あはははっ」
堪えきれなくなったのか、真一が笑い声をあげた。
日曜日の午後3時。
駅前にあるカフェのテラス席に、千鶴は親友の舞と幼馴染の真一と一緒にいた。
心地いい初夏の風が、時折テラスを吹き抜けていく。
だが、千鶴の表情だけは爽やかさからかけ離れていた。楽しそうに話す二人を横目に、恥ずかしさのあまり真っ赤な顔で涙目になっている。
なぜなら、二人は過去に千鶴がやらかした話をお互い披露しあっているからだ。
(なんなのよ! この二人は!!)
もちろん、初めに話を振ったのは真一で、今喜々として披露しているのは舞だ。真一が舞と会いたがった理由はこれだったのだ。気付いたが、もう遅い。真一はずっと上機嫌だ。
「ねえ、ちょっと! 違う話にしてくれない?」
いたたまれず、千鶴は立ち上がった。と同時にスマホから聞き覚えのある曲が流れる。
「……スマホ、鳴ってるよ。出ないの?」
見上げてきた真一と目が合う。その視線を全力で外す。
「言われなくても、出・ま・す!」
相手は千鶴の母からだった。いつもおっとりしている母の声が珍しく焦っていた。
『千鶴? 今どこにいるの? 私、鍵を忘れて出てきてしまったみたいなの。家に入れなくて、買って来たアイスが溶けちゃうわ。どうしようかしら?』
「え? そうなの! 今、駅前にいるからすぐに戻るよ。少し待ってて!」
『あら、いいの? 助かるわ~。ありがとう、千鶴』
スマホを切ると、真一がこちらをじっと見ていた。
「何かあった?」
「お母さんが鍵を忘れて家に入れないみたい。ちょっと、家に戻ってくるね」
「じゃあ、私……」
「キノ、早く行った方がいい。お母さんが待ってるよ。おれ達は、ここで待っているから」
何かを言いかけた舞の声を遮るように真一が言葉を重ねる。
「あ、うん。すぐに戻って来るからね!」
二人をカフェに残し、千鶴は急いで店を出た。ふと振り向けば、二人の姿が見える。一つのテーブルで向き合っている真一と舞はとても絵になっていた。
(何だか、いい雰囲気)
舞が真一に好意を持っていることを千鶴は知っている。理由はなぞだが、真一も舞に興味を示している。
(もしかしたら、千鶴がお店へ戻って来た時には二人は付き合うことになっているかもしれない)
「……親友と幼馴染が険悪な仲より、仲が良い方がいいよね」
まるで自分に言い聞かせるように声が出ていた。
舞の恋を応援する、と千鶴は約束している。舞は親友で、真一は兄妹みたいなものだ。二人が幸せになれるのなら、それ以上にいいことなんてない。
だが、ふと過った感情に戸惑う。
(寂しい……?)
二人を店に置いて出たのは千鶴だ。なのに、どうしか置いていかれるような寂しさが心を覆っていく。千鶴は無意識に拳を握り締めた。まるですべてを振り切るかのように前を向く。
千鶴は駆け出した。胸の奥に感じる鈍い痛みに気付いたくなくて、速度を速めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます