第12話 精霊
しばらく天気の悪い日が続いたが、久しぶりにすっきりとした青空になった。バルクは塔の外壁を調べていた。天気が悪いからといって何か支障がある仕事でもなかったが、急ぐことでもなかったので、天気が回復するのを待っていたのだ。
塔は石積みで作られていて、時間をかけて無秩序に建て増しされ、中は迷路のようになっている。なるべく古い石を探して、塔の内外を調査していた。ここは、誰がどういう目的で作ったのだろう。かなりの資金と労力をかけて造られたことは間違いない。
(これかな。いや、やっぱりあっちの方が…)
どれも甲乙つけ難く、やはり「専門家」の助言を仰いだ方が良さそうだ、とバルクは思う。
「土、いるかい?」
バルクは塔に呼びかける。
「…ここに」
背後に金色の鎧が現れた。
「『離脱』のポートを作りたいんだけど、いいかな。あと、おすすめの石があれば教えてほしいんだ」
「…それも悪くないが、こっちの方が」
土は塔に入った。
1階は広間になっている。その中心にある石畳を土は指した。
「ありがとう、助かるよ」
バルクは地面に膝をついた。右手人差し指が緑色に光る。その指で、石にサインすると、バルクの名前はしばらく石の上で緑色に光っていたが、やがて吸い込まれるように消えていった。
「これで良し」
「…その石は、自分に名前を刻んだ者をずっと覚えている」
その言葉に込められたもう一つの意味に気づいて、バルクは土を振り仰いだ。砂を払って立ち上がる。
「大丈夫。僕はここにいるつもりだよ。リコが、僕を必要としなくなるまで」
土はわずかにうなずいた。
「…リコは遠ざけられ、隠された娘だ。町で見る同じ年頃の娘たちのように、弾けるように笑ったり、意味もなく歌ったり踊ったりしない。人間の友だちもいなければ、恋も知らなかった。そのリコが。守護者の禁を破ってでも、あなたを手に入れたいと願った」
「…」
「…この塔にいる者たちはみな喜び、祝福している。しかし、それと同じくらい恐れている。リコが、これまで知らなかった深い悲しみの底に落ちるのを」
土は上を見上げた。天窓から差した日差しが、複雑に交差する階段や渡り廊下に遮られている。
「…あんなに嬉しそうなリコを見てしまった後では」
土は顔を戻すと、石畳にズブズブと沈んでいった。
「…話しすぎた」
バルクは、しばらく土の消えたあたりを見つめていた。
「お前さんは、苦労を背負い込む星のもとに生まれてるらしいな」
ジュイユだった。
「苦労だなんて」
「私は、この騒ぎが落ち着いたら、お前さんが何も知らず、ここを去るのが一番いいんじゃないかと思っていた。これでも、かつては人間だった身だ。失うことの辛さも知っている。たがまあ、こうなったことは喜ぶべきなんだろう」
バルクは何を言えばいいかわからず、黙っていた。
「さて、聖域だが」
ジュイユはさっと手を振った。
空中に大きな地図が現れる。
「これは、あの聖域の地図ですか」
「そうだ」
「誰がこんなものを…」
「ここの住人は、いつだって暇を持て余してるのさ」
ハハ、とジュイユは乾いた声で笑った。
「聖域は、かつて、精霊使いの山がまだ活動していた頃、噴火の際に溶岩が作った洞窟だ。脇道はいくつかあるが、基本的には一本道だ。迷う心配はない。知っているとおりだ。お前さんたちが神獣に出会った場所は、ここだ」
ジュイユが指差すと、洞窟の中ほどが光る。
「神獣は活動を活発化させているが、まだ完全に目覚めたわけじゃない。おそらく、火の力を取り込むために、洞窟のさらに奥に潜っていると考えられる。第1の問題は、それにより突破しなければならない距離が延びていることだ。聖域は非常に魔物が出現しやすい場所だ。まあ、だからこそ聖域という名目で近寄ることを禁じてたわけだがな。4体の精霊は、そこにいる魔物どもにどうこうされるようなものではないが、いかんせん、実戦経験がない。生身のリコを守りながらの通過は楽ではない」
「神獣が目を覚ましたことで、出現する魔物に変化はあると思いますか」
「…正直なところ、わからん。しかし、根拠はないのだが、より強力な魔物が出現するようになっているのでは、と思っている。それが第2の問題だ。そして最後に、神獣を眠りから覚ました者と鉢合わせする可能性だ」
「それは何ですか」
バルクは直截に聞いた。
ジュイユはしばらく口を閉ざしていた。
「闇の来訪者」
「まさか」
「これは、あくまで私の予感だ。当たるかもしれないし、外れるかもしれない。わからない。しかしもし、私の予感が正しいなら、お前さんはリコの本当の力を見ることになる。あの子を守ってやってくれ。あの子自身から。頼む…」
「どういう意味ですか。彼女自身から彼女を守るとは」
「闇の精霊だよ」
「それは、あの4体の精霊と同じようなものと考えればいいのですか」
「いや、彼らとは違って、リコの魂に深く結び付けられた存在だ。だが、完全に隷属させているわけではなく、精霊自身の意思を持っている」
「リコの意思に反した行動を取りうるということ」
バルクは動揺を隠せなかった。闇の精霊と敵対するなら、万に一つも勝ち目はない。
「戦って勝つということだけが、リコを守るということじゃない」
ジュイユはバルクの動揺を見て言った。
「闇の精霊をただ殺せばいいというなら、却って簡単なんだ」
「…!」
バルクはある可能性に思い至る。
「リコを、守ってやってくれ」
ジュイユは繰り返した。
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