第9話 会食

 バルクは上着のポケットから小さな袋を取り出す。中には4つの小さな石が入っていた。市場ではほとんど価値のない屑ジェムだが、魔術を行う者の基本にして究極的な鍛錬の道具だった。

 バルクは石をテーブルに並べると、両手をその上にかざした。

 まず、青いジェム、バルクの要素である水のジェムがわずかに光り始める。バルクは意識して他のジェムに力を送る。ジェムは、その要素の力でしか輝かない。

 それぞれのジェムはどんどん輝きを増し、最終的には4色の光の柱が出現した。バルクはしばらくその状態を維持したあと、一気に力を抜く。

 部屋が暗くなったような錯覚。バルクは息をついて、ジェムを袋に戻すと、立ち上がった。


「!」


 驚いてひっくり返りそうになる。振り向いたところにジュイユが立っていた。集中していて、入ってきたことに気づかなかったのだ。


「なかなかやるじゃないか。その屑ジェムをそこまで光らせるとは。もうその辺の石ころでも光るだろ」


「いや、石ころはさすがに。何かありましたか?」


「風が呼んできてくれと言うもんで、使いに来たのさ。手が離せないとかで」


「精霊の、手が離せない用事って…」


 感覚が完全に麻痺しているバルクは、そういうこともあるのかもしれない、と素直に思う。


「気合をいれて料理をしていた。風は料理が趣味なんだよ。まあ、ここには食べさせる相手は通常1人、今は例外的に2人しかいないがな」


「料理…趣味…」


 やっぱりだめだ。目眩がする。


「魔物になって寂しいことは、食事の必要がないってことだな。確かに飢え死にする心配はないが、毎日の楽しみがない。これも誤算の一つだ。それはともかく、たまには食堂で食事をどうかというお誘いだ」


 いつもはファミリアたちが部屋に食事を運んでくれる。


「喜んで」



 メインダイニングとはいうものの、そこは装飾もなくがらんとしていた。ただ、大きく切り取られた窓から見える森の風景は素晴らしい。精霊使いの山も見える。森を渡って涼しい風が吹いてきた。

 ジェムで光るランプが灯されていて、大きな長方形のテーブルには2人分の席が用意されていた。

 ここには2人しか食事をする者はいないとジュイユは言った。とすれば、もう1つはリコの席だろう。

 考えていると、リコが現れた。リコはバルクを見て、ほんのわずかに微笑むと、席についた。それと同時に、骸骨の魔物が、身につけた剣やら鎧やらをガチャガチャ鳴らしながら、ワゴンを押して入ってきた。

 骸骨のシェフが出ていくと、再び静けさが戻った。

 リコはそっとフォークを持ち上げる。バルクもそれに倣った。

 静かなディナーだった。野菜のスープに鳥肉のローストという素朴な料理だったが、今日のメニューも手間をかけて作られていて、とても美味しかった。家庭の味というものがあるのだとしたら、きっとこういう味だろうと思った。

 リコはひと口ずつ、ゆっくりと味わって食べた。バルクはリコのその様子に釘付けになったが、リコは見られていることに全く気づいていないようだった。

 食事が終わった頃を見計らってダイニングに入ってきたのは風だった。


「バルク、今日はありがとう。私から、食後のお茶のサービスよ」


「こちらこそ。とても美味しい食事だった。ありがとう」


「今日は、バルクは本当に大活躍だったの。もう火はクビね」


「そう言わずに連れて行ってあげなよ」


 バルクは笑った。リコも微笑んでいた。

 その日から、バルクとリコは一緒に食事を取るようになった。

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