第5話 来客
そのやり取りをただ見守っていたリコが、窓の外に顔を向けた。
「噂をすれば」
1羽の大きな鳥が、風を切って真っ直ぐこちらに飛んでくる。
鳥の姿を取っているが、精霊だ。
鳥は窓枠に止まると、黄色い鋭い目でぐるりと部屋の中を見回し、最後にバルクを見た。
「その者を渡してもらおう、リコよ」
鳥は人間の声で言った。年配の男性の声だ。
「断る」
代わりに風の精霊が即答した。
「その者は聖域を侵し、神獣を傷つけた。我々の法に基づき罰しなければならない」
「彼は守護者により、この塔に拘束されているの。引き渡す理由はないわ」
「相変わらず、精霊に喋らせる体裁を採っているのか、リコ」
「だったら、おじーちゃんこそ、こんな操り人形寄越さずに自分で来るべきでしょ!? 私が話すことは、100パーセント私の意思よ」
「何だと?」
リコは立ち上がって、自分の風の精霊に向かって首を振った。それから、鳥に向き直る。
「渡す気はないというわけか」
はっきりとうなずく。
「…ふん」
鳥は窓枠の上で向きを変えると、ひらりと風に乗って飛び去っていった。
それと入れ違いに、火の精霊が現れた。
「なあ、さっきそこで族長のじいさんとすれ違ったけど?」
火の精霊は、親指で窓の外を指した。
「バルクを引き渡せって言いにきたの。一応」
「ふーん。ご苦労なこって」
「ま、族長も辛い立場よね。リコに横から獲物かっさらわれて、黙ってちゃ示しがつかないし」
リコは火の精霊を見た。
「ああ、フレイマたちは大丈夫。ガタガタ騒いでっと燃やすからな、つっといたから。しばらくは大人しくしてんだろ」
「フレイマが燃やされてなんか不都合あんの? 逆に喜んじゃうじゃん」
「いやそこはホラ、何というかニュアンス? 火属性同士でしか伝わらない微妙なアレがあるから」
「火属性ってさ、仕事雑だよね」
「まーたそうやって属性でレッテル貼りする」
そこに、青と金色の鎧が現れた。新たな精霊だ。バルクは驚きに目を見開く。
「どうも。なかなか呼んでくれないから、出てきちゃいましたよ」
青い鎧が言う。ヘルメットには、ミルククラウンを模した意匠が付けられていて、水の精霊とわかる。金色の鎧は、ヘルメットと肩に、立方体や六角柱をした結晶の意匠が乗っている。土の精霊だ。この2体も男性のように見える。
これで、4要素全てが揃ったことになる。
「あ、バルク、この2体のことは、相手しなくて結構ですよ」
「ちょっ、何よ!」
即座に風の精霊が水の精霊に抗議する。
「いやもう、完全に引かせちゃってるでしょう」
「…うむ」
「土まで!」
あっという間にけたたましい空間が出現する。何だこれは。何なのだ。4体の精霊が同時に同じ空間に存在して、なおかつそれぞれてんでんばらばらに喋っているとは。
(凄い。凄くて酷い)
パン! パン!
リコが手を打って、精霊たちのお喋りをやめさせた。手を振って解散させる。
部屋に沈黙が戻った。
「4つの精霊を操るなんて」
バルクは精霊たちがいた辺りを見たまま言った。
「だからこそ村の連中は、守護者と口では言いながら、その実、リコを恐れ、煙たがってるというわけさ」
それまで黙っていたジュイユが口を開いた。
「そろそろ部屋に戻るよ。お茶をご馳走さま」
バルクは立ち上がった。リコはうなずいた。
「族長には私と土が謝っておくよ。ま、族長はわかってるさ。リコが何を守ったのか。あっちのメンツを潰すと後が面倒だ。ここはこちらが下手に出た方が得策だろう」
出ていきかけたジュイユは、リコの方を振り返った。
「さっきの話だが、族長に伝えておく」
バルクとジュイユが部屋を出ていくと、先ほどのファミリアがティーセットを下げにやってきた。
「リコ、あの人、変わってるよね」
〈バルク。狼族の、おそらく最後の生き残り〉
リコは口を動かさなかった。それは、空気を振動させる「声」ではなかった。
「あの人、僕らを見ても驚かなかったし、食事や着替えを持っていくと、ありがとう、って言うんだよ」
それを聞いてリコは笑った。
「あの人、ちょっと変わってるけど、でも、僕らは好きだよ。あんな人、リコの他にはいないもの」
リコはファミリアの額のあたりを撫でた。ファミリアは目を細めた。
〈しばらく面倒を見てあげて〉
「僕らはあの人がずっとここにいても構わないよ。帰る場所もないみたいだし」
〈そうなの? でも、どうするかは彼自身が決めることだから〉
「うん、わかってる。けど、あの人、ひとりぼっちなんだよ。リコには僕らがいるけど」
〈そうね〉
リコはもう一度ファミリアを撫でた。ファミリアはうっとりと目を瞑りながら、誇らしげに言った。
「僕らはリコを愛してるし、リコが愛するものは、僕らも愛してる」
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