第3話 思考

 次に目を覚ますと、夜になっていた。同じ日の夜なのか、もっと時間が経っているのかは判断できなかった。

 ここは一体どこなのだろう。あの老人は何者なのだろう。あの精霊たちの主人は何者なのだろう。

 バルクは無理矢理、自分を救った者たちのことを考えた。


(2体の精霊が、それぞれ会話をするなんて)


 通常、精霊使いが使役する精霊は、あの追跡者たちのような形のないものか、せいぜい動物の姿を借りたものだ。ごくごくまれに人の姿を取る精霊を使う者がいるというのは、噂程度に聞いたことがあるが、実際会ったことはない。それにしても、本来精霊は、精霊使いの分身であり、精霊使いに隷属する存在だ。精霊使いの代わりとして話し、行動する。精霊使いが命じなければ、精霊はその場を動くこともできない。精霊同士が会話するというのは、精霊使いの一人芝居に他ならないのだ。そもそも、2体の精霊を同時に操れること自体が、驚くべきことなのだが。


(でも、操る者がいる動きには見えなかった)


 追跡者たちは、精霊たちの主を「リコ」と呼んでいた。「守護者」とも。「守護者」…。どこかで聞いたことがある。しかし今は思い出せない。


(そうだ、火の精霊は、「リコが何を考えているのか、俺たちは知らない」と言ってた…。そんなことはあり得ない。術者と精霊が別個独立に存在するなんて。精霊は術者の分身だからだ…)


 訳が分からない。どうしてそんなことが可能なのだろう…。

 考えているうちに頭が重くなり、バルクは再び眠りに落ちた。


 バルクが1人で起き上がれるようになったのは、それから3日ほど後のことだった。ファミリアと呼ばれている、直立2足歩行するウサギのような魔物が身の回りの世話をしてくれた。

 あの老人もだ。彼は自分を魔物だと言った。しかし、人間としての意識を保ち続けている。


(ここは、何なんだろう…)


 特殊なフィールドで魔物たちを守っている? しかしそのような力は感じない。バルクは魔術師だ。魔術的な力を感じ取る力を、幼いころから訓練で養ってきた。


(そうだ、精霊使い…)


 あの時、火の精霊が「ここは守護者の森だ」と言っていた。思い出した。精霊使いの守護者だ。精霊使いの一族では、ごくまれに生まれる、とびぬけて力の強い者を精霊使いの守護者と呼び、生ける神のように扱うのだと。


(精霊使いの守護者。その精霊が、あれか)


 バルクは身震いした。

 あの時は深手を負って逃げている状況だったし、冷静に考えている余裕がなかったために軽く流していたが、あれが同じ人間の力なのか。恐ろしい。


 人間の魂は風火水土の4つの要素からなる。精霊使いや魔法使いが操ることのできる精霊や術は、そのうちの、強く表れている自身の魂の要素に従う。魔術師として稼ぎたいのならば、他の3つの要素の訓練は必須だが、それでも得手不得手は残る。複数の要素がお互いに拮抗しあう場合には、要素同士が打ち消しあう力が強く作用するので、魔術的な力は持たないケースがほとんどだ。つまり、圧倒的多数の人だ。世の中を構成するほとんどの人はバランス型であり、特殊な力は持たない。だからと言って問題は全くない。人は社会の中で生きるものだからだ。魔術師や精霊使いは、魂の不均衡と引き換えに力を得ている、社会のはみ出し者なのだ。


 別の種類の精霊を2体同時に。通常ではありえない。ありえないが。


(それがあるとすれば、答えは1つしかない。光か闇の要素を持つ者だ)


 すべての要素を同時に持ち、しかもそれぞれが打ち消しあわない場合としては、魂の要素が光である場合と闇である場合だ。4つの要素が正のエネルギーに遷移すれば光に、負のエネルギーに遷移すれば闇になる。

 4つの要素を別個独立に使うくらいのことであれば、バルクにもできる。同時に、というところが問題だ。魔術に限って言えば、同時に別の要素の力を使おうとすると、有効な出力は得られない。これまでに見たことがある精霊使いたちも、その事情は同じだった。


(精霊使いの守護者。生ける神)


 バルクはベッドに身を起こした。ベッドサイドテーブルのベルを鳴らす。

 いつものファミリアがドアを開けてやってきた。戦闘の際の負傷なのか、右耳の先が失われて、少し短くなっているのが特徴だ。


「やあ。実は、君たちのご主人に会わせてもらいたいんだ。精霊使いの守護者に。命を助けてもらったお礼も言わなくちゃならないし」


「…」


 ファミリアはネズミのような甲高い声で何事か言った。彼はバルクの言葉を理解するが、バルクは彼の言葉を理解できなかった。

 ファミリアはしきりに首をひねっている。そのしぐさの意図するところが人間と同じだと仮定すると、相当困っているようだ。無理難題を吹っ掛けられて困っている人そのものに見える。


「あ、ごめんよ。無理ならいいんだ。困らせるつもりはなかったんだけど…」


「…」


 ファミリアはまた何事か言って、振り返りながら部屋を出ていった。「少し待ってくれ」と言っている様子だ。

 


 しばらくして、ファミリアがあの老人、ジュイユを伴って戻ってきた。


「ここの主人に会いたいそうだな。精霊使いの守護者に」


「ええ。命を救ってもらったお礼もまだ言えてませんでしたし…」


「フフ、わかるよ。魔術師ならば、あの力の正体を確かめたいと思うのは当然のことだ。リコが会うと言ってる。ついてきな」


 ジュイユの言葉にバルクは勢いよく立ち上がったが、目眩を起こしてベッドサイドテーブルに手をついた。


「気をつけろ。相当血がなくなったからな。完全に回復するには、思うより時間がかかる」


 ジュイユが肩越しにバルクに言った。

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