第2話 悪夢
洞窟を赤々と照らしながら、迫りくる炎。
ダメだ、逃げるぞ!
前衛の仲間が叫ぶ。その仲間が鎧ごと、紙人形のように引き裂かれた。断末魔の叫びを上げる間もなかった。
「離脱」する!
バルクは叫ぼうとするが、声が出ない。身体が石になったように動かなかった。そうする間にも二人の仲間が倒れる。
ハッと目を開けると、ベッドの上だった。酷く汗をかいている。
「…っ」
体を起こそうとして、痛みに思わず声にならない声が漏れる。
「まだ無理はしなさんなよ。横になっていな」
老人の声がする。かすれた、乾ききった声だ。
バルクは身体を起こそうとしたその動きを今度は逆になぞって横になった。
「すさまじい生命力だな。さすが狼に魂を売った一族の末裔だ。普通の人間なら死んでる」
「それはどうも…かな」
「しかし、狼憑きにもう一度会えるとは思わなかったよ」
老人が枕元に来て、バルクの顔を覗き込んだ。その目は、全体が発光する黄緑色で、人間のような白目がなかった。それは、魔物の目だ。
「あなたは…」
「私か? 私は、見てのとおりの者さ。お前さんの先祖が狼に魂を売ったように、私は魔物に魂を売った」
「僕の一族に会ったことがあるのですか」
「昔な。私がまだ人間だったころのことだ。いい奴だった。死んじまったがな」
「…」
「何か用があったら、このベルを鳴らしてファミリアを呼ぶといい。ここにいる者たちは人間の言葉を理解する」
老人は枯れ枝のような、潤いが全く感じられない骨ばった指でベッドサイドテーブルの上のベルを指した。
「ゆっくり休め。傷を癒したら、またどこへでも出ていくがいい」
そう言うと、老人は振り向きもせず部屋を出て行った。
「…」
バルクは天井を見つめた。
(僕は生き残ったのか。僕だけが。目の前でみんな、死んでいった…)
目を閉じる。まなじりから、涙が流れた。彼らとは、なんだかんだありながらも、一緒にやってきた。お互いに信頼できる仲間だった。それがもう、いないなんて。
ドアが開き、何者かが入ってきた。
ファミリアだ。人里近くに出没する、それほど危険ではない魔物だ。ファミリアはバルクも見たことがある。しかしバルクが知っている彼らは、このような友好的な者ではなかった。人と見れば襲ってくるような獰猛な者たちではないが、それでも時々子供など、弱いものが殺されることもある。しかしなぜだろう。このファミリアからは、魔物に特有の殺気が全く感じられない。
いずれにせよ、今のバルクは起き上がることもできなかった。
ファミリアは手に椀を持っていた。
甲高い声で鳴いている。こちらに話しかけているようにも聞こえる。
ファミリアは片腕をバルクの背中に回して少しだけ上体を起こさせると、椀を口元に持ってくる。中には良い香りのする液体が入っている。飲めということか。薬のようだ。
バルクは薬をひと口飲むと、顔をしかめて力なくむせた。良い香りとは裏腹に、驚くほど苦かった。
ファミリアが鳴く。バルクはひと息に薬を飲み干した。
ファミリアはゆっくりとバルクを横たえ、乱れた毛布を直してくれる。
「君は、僕を助けようとしてくれているんだね、ありがとう…」
それだけ言うのが精一杯だった。バルクは眠りに落ちた。夢を見る余地もないほど、深い眠りだった。
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