第12話

「センスがなくて悪かったわね。姿が映し出される方が良いのではと、わざわざお兄様に急ぎで作っていただいたのに酷い言われだわ」


ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。そんな典型的なツンデレ態度はやめた方がいいんじゃないかと思ったが、当然口には出さない。


「悪い。ところで兄がいるのか? これはあんたが作ったんじゃないのか?」


「あなた、そんな話をしたくて私に話しかけてきたわけではないでしょう。……まぁ、いいわ。答えてあげる」


呆れたようにため息を吐くシャーロット。あからさまにやれやれといった様子だ。


「そうよ、私が作ったわけじゃないわ。もちろん魔法具に込められた魔法は私自らの精神感応魔法と投影魔法を施しているけれど、仕組みを作って実用化させているのはお兄様……オーガスタス・ディア・エーレンベルクの魔法工学よ」


「へぇ、魔法工学か。ちなみに兄妹仲は良いのか?」


「何故そんなことを聞くのよ」


「いや、俺にも妹がいたから。なんとなく」


別に妹に対してシスコンとかではなかったが、周りからは兄妹仲が良いと言われていた。やっぱり家族だからか情はあるし、多少の喧嘩はしても歪みあってはいなかった。

シャーロットの場合はあんまりにも周りの評価が良くないので、兄妹仲の方も悪いのではと少しだけ気になった。それだけだ。


「あなた、そんな頼りないくせに兄なのね。あなたの妹も御可哀想に」


「兄が頼りないと妹が勝手にたくましく育つからいいんだよ」


「なんて情けない。私のお兄様を見習ってもらいたいわ。

 お兄様は王国学院を主席で卒業し、数々の名誉ある魔法具の研究開発に貢献しているエリートなの。

 今回のこの鏡台型遠隔通信魔法具もお兄様が独自で研究、開発された試作品を特別に使わせていただいたの。

 お兄様は私の願いならいつも快く引き受けてくださるもの」


聞いてもいない情報がやけに多いが、とどのつまり仲が悪くはないんだろう。シャーロットにとっては自慢の兄で頼りにしていることは伺える。杞憂だったみたいだ。


「そうか」


「ただ、お兄様は天才すぎるから他の凡才達には理解できないみたいことが悔しいわ。

 本当なら今頃王宮筆頭技師になっていてもおかしくないというのに……お兄様の才能を妬んだ愚か者が邪魔をしたに違いないわ……チッ」


おい、その舌打ちやめろ。仮にも公爵令嬢だろ。


しかし、……これは兄の方も色々問題があると暗に言っているのか?

エーレンベルク公爵家は人に嫌われる魔法でもかかってんのか。まぁ、シャーロットと婚約関係である以上はいずれ分かることだ。


今回はシャーロットの兄のおかげでこうして連絡ができた。呼びかけて全く返答なく数時間待たされたが、試作品があったとはいえ鏡台を作って送り届けたと考えればむしろ恐ろしく対応が早い。確かに素晴らしい才能だ。


「それで、要件は?」


「ああ、明後日から2学期が始まると聞いたんだが……」


明らかに「しまった」という顔をした。やっぱりシャーロットも慌ててたんだな。


「まずは文字が読めなくて困っている。可能であれば教えて欲しい。

 それから2学期ってことは俺は学生で何かしらの教育機関に通っているんだよな? 出来ればその学校の話も聞かせてくれ」


「文字も読めないの? ああ、ギルバート殿下の威厳をどれほど貶めるつもりなのかしら……嘆かわしい。

 でももう何を言っても無駄ね」


隠しもせずに大きく溜息をついた。

自分の非は棚上げしているが、もう何も言うまい。


「日本ではこんな象形文字みたいなのは使わないんだよ。英語に近いならまだしも、全く見慣れない言語だから読むことも書くこともできない」


「なら、あなたの国字を私に教えなさい。1日でマスターして言語を変換ができる魔法を施した道具を作って差し上げる」


マジか。


俺の驚いた顔を見て調子になったのかかなりのドヤ顔でシャーロットは笑みを浮かべた。

それは有難いが日本語は俺の世界でもかなり面倒な言語だと言われているんだぞ。平仮名カタカナ漢字。これを1日でマスターはまず不可能だ。


「いや、難しいと思うぞ?」


「あなたにできて私にできないことなんてない」


「いやいや、俺は母国で何年も暮らしてるんだぞ。いかに優秀とはいえその見栄の張り方は流石に……」


「つべこべ言わずに教えなさい。私ができると言うのだから問題ないわ」


……まぁ、できると言うなら任せても良いだろう。殿下の評判を下げないためならきっとシャーロットは死に物狂いでやり遂げる。そんな気がした。

面倒なことをやってくれるの言ってるのだから得をしたと思えばいい。


シャーロットが紙と筆を取ってくると言ったので、俺も同じようにした。こっちの文字を見せて、シャーロットに覚えてもらう必要があるからだ。

共にメモ用紙と筆記具をとって戻るとすぐに説明を始めた。


「会話が通じてるから発音は同じなんだ、ありがたいことにな」


「そうね」


「それじゃあ、まずは平仮名から教えたい。俺の国では三種類くらい文字を使うんだが平仮名はその中のひとつだ」


紙に『あ』と『ア』と『阿』の三種類を書いてみる。全部発音では同じ【あ】に相違ないが、文字になるとそれぞれ平仮名、カタカナ、漢字になる。

説明をしていても何故3種もあるんだよと突っ込みを入れたくなるくらい本当に日本語はややこしい。


「……あなたの国は文字に関してはダールベルクより進んでいるみたいね。ダールベルクでは『あ』であればこの表記だけよ」


シャーロットは『あ』に対応する文字を書く。まさに象形文字のような字のため、これで『あ』と読めば良いのかと感心する。


「カタカナや漢字の概念はないのか?」


「ないわ。あるのは発音に対応した文字だけ」


「……なら、50くらいしか文字がないのか?」


「正確には濁音や半濁音などがあるから五十音だけではないけれど、全部合わせても100文字程度よ」


なるほど。つまりはこの国の表記は全部平仮名表記と思えばいいわけか。

……平仮名表記ってことは、かなり長い文章でも実際はそんな大してないことを書いてる可能性も高いな。


「思いのほか簡単で助かるわ。文字の方はとりあえずその平仮名さえ教えてもらえれば翻訳できるようにしてあげる」


「ああ、助かる」


初めのうちはシャーロットの翻訳に頼りそうだが、時期に慣れてきたら自分でも読めるようにはなりそうだな。


一通りの文字を教えるとシャーロットは明日には用意すると言ってくれた。

うん、シャーロットが優秀でいてくれて本当に助かったな。

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ものぐさ王子と悪役令嬢 はね子 @haneko873

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