第11話
シャーロット、俺の声に気づいたら精神感応魔法で返事をして欲しい。
そう呼びかけ続けて数時間が経った。
未だにこれといった反応がないところを見ると、テレパシーは通じていないのかと諦めかけていた時だった。
2人の執事が豪華絢爛な鏡台を抱えて俺の部屋を訪問してきた。恐らくかなり重いものらしく運んできた2人は少し息が上がっていたが、比較的余裕があった背の高い方が「婚約者様からの贈り物です。いかが致しましょうか?」と尋ねてきた。
鏡台……? なんでこんなものを送ってきたんだ?
シャーロットの意図が分からずに訝しげに見つめすぎたのだろう。もう1人の小さい方の執事が怯えながら付け加えた。
「婚約者様からの贈り物はいつも拒否する様にと指示がございましたが、今回は何故か向こうから『殿下の指示を待たずに処分した場合は首が飛ぶと思え』と申し付けられております。どうか、煩わしいとは思いますがご容赦を……!」
いや、別に何もしないけど。
だいたいジロジロ見たのはコレがなんなのか知りたかったからだ。
揃って頭を下げる男達は本気で怯えている。
ギルバートがかなりシャーロットを嫌っていたとよく分かる。周りには2人の関係は非常に冷ややかに映っていたのだろう。
「気にするな。それよりもこの鏡台を何故届けてきたのかは知っているか?」
「殿下に直接届けろと……それ以上はお伺いしておりません」
「ただ婚約者様は魔法具も作られます。何か仕掛けられている可能性は非常に高く……」
「魔法具……! そういうのもあるのか!」
呪文や魔法陣は単なる補助だと聞いていたから道具も同じ扱いだと思い込んでいた。
予想外のものが送られてきて思わず素の反応をしてしまう。2人の執事は少しだけ困惑した。
「ああ、いや、何でもない。その辺りに適当に置いておいてくれ。……いや、できればそっちの死角が良い」
「そちらは寝台の裏ですが……」
「ああ、そこでいい」
シャーロットが絶対に指示を受けてから処分しろとわざわざ伝えたのであれば、これはギルバートへの贈り物ではなく俺が呼びかけ続けたことへの答えだろう。
だったらこの鏡台も人目を拒む場所に設置した方が良い。
ごと……と鏡台が置かれる。天蓋付きベッドのおかげでいい感じに死角だ、悪くない。
「あの、差し出がましいとは思いますが……」
鏡台を運び終え、相変わらず怯えた様子の小さい方がおずおずと前に出る。
「なんだ?」
「いえ、それは婚約者様が送ってきたので間違いなく魔法具ですよ。その……よろしいんですか?」
「……」
またか。贈り物一つでこの反応。
こうもずっと同じような反応をされると、流石にギルバートも頑なすぎるんじゃないかと感じる。いくら愛がない婚約者とはいえあんまりな対応だ。
毎度この反応を見るのは気分が悪いし、何よりシャーロットと協力体制をとる俺にとって面倒な関係性だ。無駄な気遣いを受けるくらいならサックリと解決するべきだ。シャーロットには悪いが、俺は俺の好きなようにする。どうせギルバートは俺だから。
「俺はシャーロットを誤解していた。今回記憶喪失になって彼女の真心に気づいたよ。
だから彼女が俺に向けてくれる好意を素直に受け取ることにしたんだ。気にするな」
「えっ……!?」
本気で驚いたって顔をしているな。背の高い方まで全く同じ反応だ。そんなに意外か。
「俺の婚約者はシャーロット・ディア・エーレンベルクだ。ギルバート・ディア・ダールベルクは婚約者のことを信用した。彼女への認識を改めろ。
……周りにもそう伝えておいてくれ」
「は、はい。かしこまりました」
揃って退室の例を述べると2人はそそくさといなくなった。
先程の発言にどれほど効果があるのかは知らないが、少なくとも毎度のように仲の悪さを心配されることもなくなるだろう。
きっと本人にとっては不本意だろうがシャーロットの評価も恐らく多少はマシになる。まぁ、嫌な奴なのは事実だからどうしようもないけどな。
「さて、こんなどこにでもありそうな鏡台が魔法具か」
見た目だけでは何もおかしなところはない。魔法具というのはどういう原理で動いているんだろう。
触れば良いのか?
そう思って鏡に触れるが特に変化はなかった。
「……今更だが、男に鏡台を贈るって何考えてるんだ? 男には不要な長物だろ。センスがないのか?」
反応がないのでぼやきながらベタベタ触り始める。
「聞こえているわよ!」
突然、既に少し怒気の篭った声と共に鏡だけが白く光り輝いた。
光が収まると先程までは普通にギルバートが映っていた鏡にシャーロットが映し出されていた。その顔は明らかに怒っている、まさしく般若と呼ぶにふさわしい代物だった。
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